ホームレス、いじめ、介護問題とも通低

 一般市民がなんらかの人権侵害を受け、憲法保障の土俵際まで追い詰められたとき、憲法学は考察の対象にする。しかしハンセン病療養者のように最初から憲法の枠外に置かれた人々の存在は、憲法学から見えない。

「たとえばホームレスの人たちの問題は、一部の憲法学者は取り上げていますが、憲法学のメインのフォーカスに入ってこない。大学の教室で憲法25条の『国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と話したとき、学生から『外のあの人たちはなんですか』と聞かれても、憲法学は満足に答えられない」

「そういう例は他にもあって、たとえば子どものイジメの問題は大きな社会問題ですが、人権や人間の尊厳に絡めて憲法学の問題として捉えていない。介護や障がい者問題も福祉問題にして、人権の問題として考えていない。例外(個別的事情)はあくまで例外であって、例外から憲法学全体を作り直す発想がなかった。しかし当事者がなにを望んでいるのか、そこらから憲法学は入らないといけないと思います」

メディアも、裁判所も・・・

 これはなにも憲法学の問題だけではない。
 たとえばメディアでも、個々の記者やジャーナリストがハンセン病の療養者の問題を取り上げたことはあっても、それを社会的問題として十分に広げることはできなかった。

 法の番人である裁判所ですら、ハンセン病施設療養者、患者への差別・偏見を助長する行為をしていた。

 2016年4月、最高裁判所は「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」という文書を公表し、かつて裁判所の運用ついて
《ハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけるものであったことを深く反省し、お詫び申し上げる》
 と謝罪した。同時に発表した「最高裁判所裁判官会議談話」においても、
《ハンセン病に罹患された患者・元患者の方々はもとより、御家族など関係の方々には、ここに至った時間の長さを含め、心からお詫びを申し上げる次第です》
 と繰り返し謝罪した。

 1948年から1972年までの間で、裁判の当事者がハンセン病であることを理由に裁判所以外の場所で法廷を開かせていたケースが95件あった。ようはハンセン病について誤った理解、偏見によって裁判所の外、おもに療養施設内で裁判を開いていたことを謝罪したのである。

 しかし最高裁はそれが裁判所法に違反していた「違法」であったとは認めても、憲法14条の平等原則など憲法に反していた「違憲」であったとは認めていない。2016年5月3日に行われた寺田逸郎・最高裁長官の記者会見では、調査報告書をまとめる際に組織した有識者会議で憲法第14条違反が指摘されたにもかかわらず、報告書で触れなかったことについて、
「違法と結論づけたので、それ以上に憲法違反かどうかの判断は法律的には必要ない」
 と説明した。たしかに法律論としてはそうだろうが、関係者らが求めていたのは最高裁の口ではっきりと己の行為が「違憲だった」と認めることではなかったか。