裁判長の補充質問に起きた拍手と喝采

 裁判で証言が続くと、傍聴席からもすすり泣きの声が聞こえるようになった。国側の代理人が反対尋問で原告に

 「それでもあなたは今、国の税金で暮らしているんですよね」

 と投げかけたとき、裁判長の顔が歪んだのを八尋は覚えている。

 鹿児島の療養所での出張尋問では、そこの園長が入所者たちに「国を訴えてしまうと、そのことで今後の園内の処遇が悪くなるかも知れない」と話していたことがわかった。これは入所者たちにとってすれば一種の「恫喝」のように響き、実際、その園では入所者たちの自治会では訴訟に反対する立場をとっていた。

 入所者たちは「ハンセン病」と診断されたときに、故郷から追われるように園に入った者も多い。親兄弟とも縁が切られ、帰る場所を失っている人がほとんどだ。国のお世話になっているのに国を訴えて、万が一にも園が閉鎖することようなことになれば、明日から食べるのも困る。そんな入所者たちの不安につけ込んだ園長の発言だった。

 原告・被告両代理人の各尋問のあと、裁判長が園長に補充尋問を行った。

 「あなたは、裁判を受ける権利というのはわかりますか」

 と裁判長は園長に問い掛けた。憲法第32条《何人も、裁判所において裁判を受ける権利は奪われない》という規定のことである。
 裁判長は重ねてこう問い掛けた。

 「裁判を受ける権利というのは、裁判の結果(注・訴訟を起こしたという結果)によっていかなる不利益も受けない、ということではないんですか」

 補充尋問なので園長への質問という形を取っているが、これはつまり、裁判長が「訴訟を起こしたことを理由に不利益は下されないことが、憲法の権利なのだ」と原告団に説明しているのである。傍聴席の原告からどよめきと拍手がわき起こった。裁判長への感動の拍手だった。同席していた弁護団のひとりは《裁判長の補充質問に傍聴席から拍手喝采、こんな場面は見たことも聞いたこともない》と書き残している。

 出張尋問が終わると、八尋は証言に立った入所者たちに裁判長のもとに挨拶に行くように促した。入所者たちはだいたいが裁判長の親世代である。彼らが近づいて「ご苦労様でした」と頭を下げると、裁判長も「長い間、ご苦労様でした」「お元気でね」と頭を下げた。

 「感触は自信がありました。負ける気が全くしなかった。でも問題は判決の中味ですね。国の責任が曖昧にされたり、歴史的総括がなされなければ、たとえ勝ったにしても判決を捨てようというのはあり得ました」(八尋)

 判決を言い渡す前の月の下旬、裁判長はある会合でこういったと八尋は聞いた。
 「完璧なものを書き上げました」