裁判官に入所者の生の声をきいてもらう

 弁護団は行政法学者や刑法学者の意見を聞きながら理論を組み立てつつ、八尋は違う法廷戦術を考えていた。

 「人間は論理だけで結論は出すことはしません。まず自分の感覚で結論をとらえて、そこに至る論理を考える。それは弁護士も裁判官も同じです」

 つまりこの裁判のポイントは、

 「まず裁判官が原告のみなさんについてどう思うか」

 ということだと八尋は考えた。そもそも八尋たちも入所者たちに会って心を動かされ、この訴訟を起こした。同じ「体験」を裁判官にもしてほしい。

 「私たち弁護団が心を動かされたものを正確に伝える。原告の入所者さんたちがどのようにこの訴訟に立ち向かったのか、まずは原告団の証言です。それとそれを取り巻くリアリティです。現場の療養所に裁判官に足を運んでもらう。そこでできるだけ多くの入所者さんの生の声を聞いてもらう」

                

 「生の声」とはつまり、以下のような証言である。入所者同士で結婚し、妊娠した妻が堕胎手術を受けさせられたことを陳述した男性がいた。

――お子さんはどうしましたか。
「堕胎させられました」
――なにを覚えていますか。
「声が聞こえたんですよね」
――誰の?
「赤子です」
――そこにいたのは誰ですか。
「国家公務員の医師と看護師です。そして私の女房です」
――そのあとどうなりましたか。
「看護師から『あなたも共犯よ』とへその緒を渡されました」
――それはどうしましたか。
「園の中で犬に掘り起こされないところ、波にさらわれないところを探して、こっそり埋めました。毎日、夫婦で手を合わせて拝んでいます」
――そのことを園の人は知っていますか。
「誰にも話したことはありません」

多磨全生園でホルマリン漬けの「胎児標本」を鎮魂するため建てられた「尊厳回復の碑」

 ちなみに2017年2月16日に出された日本弁護士連合会(日弁連)から出された「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等の適切な措置を求める意見書」によると、ハンセン病を理由とする中絶は合計7696件も実施されたと報告されている。さらに中絶した胎児をホルマリン漬けにして標本にした「胎児標本」は全国のハンセン病療養所及び国立感染症研究所において全部で114体が確認されている(2005年「ハンセン病問題に関する検証会議最終報告書)。国内最大の療養施設・多磨全生園(東京都東村山市)でも36体の胎児標本が発見され、06年、胎児たちの慰霊碑「尊厳回復の碑」が建てられた。