「これからどうやって人生を回復しろというのか」

 96年3月19日、九弁連は「ハンセン病患者に対する、重大な人権侵害を許容する法律の存在を長きにわたって許してきたことを反省し、その方々のための人権の回復のためにできる限り尽力する」という声明を出した。3月31日、国は「らい予防法廃止法」を制定し、強制隔離条項を廃止し、厚生大臣は「法の廃止が遅れ皆さんに苦労をかけた」という趣旨の謝罪をした。

 しかしそれで済まなかった。九弁連が贖罪の気持ちを込めて各療養所で行った無料法律相談会やシンポジウムで、元患者、療養者たちの怒りは爆発した。
 「これからどうやって人生を回復しろというのか」「強制隔離は国の犯罪では無いか」「『らい予防法』は違憲だったのではないか」「憲法裁判はできますか」「弁護士さんは引き受けてくれますか」

 98年7月31日、星塚敬愛園の療養者9名、菊池恵楓園の4名の合計13名が、「らい予防法」の廃止が遅れたことに対する国の謝罪と賠償を求めて、熊本地裁に提訴した。弁護団は徳田靖之、八尋光秀を共同代表にして九州の弁護士への呼びかけで弁護士137名が名前を連ねた。「ハンセン病違憲国家賠償裁判」である。のちに熊本地裁に提訴した原告の療養者たちは127名にのぼり、東京地裁、岡山地裁でも同様の提訴がなされた。

「不治の病」「恐ろしい伝染病」という病気への誤解

 訴訟について紹介する前に、ハンセン病についてごく簡単だが、その隔離法制と病について紹介しておく。

 ハンセン病にかかわる法律は1907年の「法律第11号癩(らい)予防二関スル件」から始まる。31年には「癩(らい)予防法(旧法)」に改正され、全患者が隔離の対象になった。「癩(ハンセン病)」は不治の病であり、患者を社会から隔離して死に絶えるのを待つ、というのが国のハンセン病「対策」だった。人権意識が乏しく、ハンセン病についての研究も進んでいなかった時代の話である。

 しかし戦後、日本国憲法が公布されて人権意識が高まり、医学の研究が進んでも国のハンセン病患者への姿勢は変わらなかった。1948年、日本癩学会が特効薬プロミンの効果を認めたのにもかかわらず、「優生保護法」でハンセン病患者の生殖を不能にする優生手術が認められた。さらに冒頭の写真で触れたように患者団体が抗議を繰り返したが、53年に強制隔離を継続する内容の「らい予防法」が公布施行された。

 ハンセン病について現在の医学的に確立している知見を紹介しておく。

  • ハンセン病は遺伝しない。
  • ハンセン病は伝染病ではあるが、その感染力は弱く、感染してもごくまれにしか発病しない。
  • たとえ発病しても初期の状態であれば、経口の特効薬で通院治療で完治できる。

 現在、国立ハンセン病療養施設は全国に13カ所ある。

 この訴訟の特徴は、人権を侵害する「らい予防法」を国会(立法府)及び内閣(旧厚生省)は1996年より早く廃止すべきでは無かったのか、ということを問題にしたことである。これを「立法の不作為」と呼ぶ。憲法訴訟では法律の適用とか行政処分とか、「立法の作為」をとがめることが多い。「ハンセン病違憲国家賠償裁判」は国会が人権侵害の法律を長く放置していたことを責めたのである。

らい予防法の違憲性を主張、憲法にもとづく賠償を要求

 原告団の主張を憲法の面からごく簡単にまとめると、

  1. 「らい予防法」は事実上の強制隔離、断種、中絶などを定めており、日本国憲法13条の人格権、同22条の居住・移転の自由などに違反している。
  2. 「らい予防法」は96年に廃止されたが、その違憲性はその前から明らかであり、同法はもっと早く廃止されなければならなかった。この国の不作為による人権侵害が起きた。
  3. 「らい予防法」が長年放置されていたことによって、療養者たちは多大な損害を被った。憲法17条の国及び公共団体の賠償責任を定めた規定にもとづき、賠償を求める。
  4.  この訴訟は、原告団が乗り越えなければならない大きな壁があった。1985年の最高裁判所判決である。

     この事案は、歩行することが困難な原告が、選挙における在宅者投票制度が廃止されたために選挙権が侵害されたと、在宅者投票制度が立法されない「立法不作為」は憲法15条(選挙権)等に違反しているので国家賠償せよと訴えた裁判である。

     最高裁は原告の控訴を棄却して、原告の敗訴が確定した。その判決の中で立法府が国家賠償の責任を負う場合として、このように書いた。
    《国会議員の立法行為は、当該立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定しがたいような例外的な場合で無い限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けない》

     「一義的には」とは他の解釈の余地なく、といった意味である。要するに法律の文言が憲法に抵触していることが誰が見ても明らかな場合以外は、国会議員は国家賠償の責任は負わない、という判断である。これは事実上、国会議員に対する国家賠償への途を閉ざしたと評価されていた。