「集団的自衛権=日本は安全」 誰にとって?

 遠藤はいう。

 「集団的自衛権によって日本は安全ですって、誰にとっての現実ですか。日本国に共通する現実ですか。沖縄の、あの20年前に米兵に暴行された少女にとって、いまだあの島に米軍が駐留していることが現実なんですよ。釜ヶ崎の労働者が仕事を失い、路上でのたれ死にしていくのは現実じゃないんですか。そこから憲法論が始まらなくてどうするんですか。国家の示す現実主義から示される正義は自分たちに都合の良い現実であり正義であって、それは沖縄や釜ヶ崎の正義ではない。安倍晋三首相も、沖縄の少女も、釜ヶ崎の労働者も、同じ価値の現実をもっている。ならばそうした市民の憲法への問い掛けを市長や大臣に届けましょうよ。それが私の憲法学における基本的立場です」

 沖縄の基地移転問題は今年で20年目を迎えてまだ決着がつかない。きっかけは1995年9月、米海兵隊員3人による12歳の少女に対する集団暴行だ。あの少女の現実は20年間、ほったらかしにされたままだ。

 「この国には沖縄や釜ヶ崎のように日本国憲法の規範の外に置かれた人々がいます。そういう生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰められた市民たちからの憲法への『問い』こそが本物の『問い』であり、そういう礎が無い者が書斎で考える憲法論は、自らの頭の良さを証明しようとする試みに過ぎない」

 この連載の第1回(「父殺しの女性」を救った日本初の法令違憲判決)では刑法200条の尊属殺で起訴された女性のために違憲論を展開した大貫正一弁護士を取り上げた。第2回(GHQでなく日本人が魂入れた憲法25条・生存権)では、生存権訴訟で原告朝日茂の言葉に耳を傾けた第一審の浅沼武裁判長について触れた。彼らはたしかに瀬戸際まで追い詰められた市民の憲法への問い掛けに、真摯に向き合っていた。

 遠藤はいま10数件の憲法訴訟にかかわり、また在特会による京都朝鮮学校襲撃事件では原告の弁護団にも加わった。

 「私は大学を辞めたときに学者も辞めたと思った。だけど今はやっと本物の憲法学者になり始めた気がします」

 現在、最高裁判所の憲法訴訟を分析し、違憲判決を勝ち取るための憲法訴訟論を執筆中だ。

(文中敬称略)