また「健康で文化的な生活」については、

《「健康で文化的な」とは決してたんなる装飾ではなく、その概念にふさわしい内実を有するものではならないのである。(中略)国民が単に辛うじて生物としての生存を維持できるという程度のものであるはずはがなく、必ずや国民に「人間に値する生存」あるいは「人間としての生活」といい得るものを可能ならしめるような程度のものでなければならないことはいうまでもないだろう》

 判決はさらに先述した厚生省側の末高証言を捉えて、

《最低限度の生活水準を判定するについて注意すべきことの一は、(中略)いわゆるボーダーラインに位する人々が現実に維持している生活水準をもって直ちに生活保護法の保障する「健康で文化的な生活水準」に当たるとは解してはならないということである。(中略)健全な社会通念をもってしてこれらの生活が果たして健康で文化的な最低限度の生活水準に達しているかどうかは甚だ疑わしいといわねばならないからである》

と批判し、さらに財政との関係においても

《最低限度の水準は決して予算の有無によって決定されるものではなく、むしろこれを指導支配すべきものである。その意味では決して相対的ではない》

とした。

 しかし二審は「毎月600円は不足ではあるが、違法とまでは言えない」として、朝日さんの訴えを退けた。朝日さんは最高裁に上告するが、その途中で死去し、養子になった人物が訴訟の継続を求めた。だが最高裁は生活保護受給権は一身上のもので承継できないとして、訴訟の終了を宣言した。そして「なお、念のために」として、憲法25条1項は直接個々の国民に対して具体的な権利を付与したものではない、具体的な権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によって、はじめて与えられているというべきである、とした。

10年間で生活保護費は600円から2700円に

 では朝日さんの裁判は無駄だったのだろうか。実は朝日さんが訴訟をしていた10年間で、生活保護費は10回改訂されて、600円が2700円になっている。憲法訴訟は社会的に大きく報じられて国民の関心事になることが多く、訴訟の勝ち負け以前に裁判自体が世論に影響を与え制度改革を促すことがある。朝日さんが「人間裁判」と名付けた文字通り命を掛けた10年は、大きな意味があった。

 朝日訴訟のあとも、堀木訴訟など社会保障制度を巡る重要な裁判が1970年代には相次いだが、どれも原告は敗訴している。その後、社会が豊かになりその手の裁判は減ったが、社会保障費が減額される事態になり、生活保護老齢加算廃止訴訟など、再び憲法25条を巡る裁判が全国規模で起きている。

 しかし、最高裁が憲法25条の具体的権利性を否定しているので、原告はなかなか勝てない。2004年には福岡で、娘の高校進学のために生活保護費から毎月3000円を学資保険に積み立て、満額44万円を受け取ったところ、地元福祉事務所からそれが「収入認定」され、保護費を減額されるという事態が起きた。さすがに最高裁も「受給者が節約して貯蓄に回すことは可能で、法律は保護費を期間内に使い切ることまで要求していない」として、原告側を勝たせた。当たり前の話を、2000年代に入ってもまだやっているのである。

 裁判だけではない。

 後退していく社会保障制度によって社会から取りこぼされていく人たちを前に、国はあまりに無策だ。現在、子どもの貧困は6人に1人といわれる。政府はその対策で民間資金を活用するため昨年10月に「子供の未来応援基金」を設立したが、昨年12月6日の時点で集まった金額はわずか315万円である。大口の企業からの寄付が集まっていないという。しかし、これは本来は募金のようなもので解決すべきものではなく、政策や税金の投入によって解決されるべきものではないだろうか。ここでは憲法25条が無力化されて、国の努力義務まで放棄しているように思える。

 生活保護を申請しに行っても、いわゆる「水際作戦」で窓口で追い返される事態も報告されている。「フードバンクかわさき」の高橋さんも、そういう利用者からよく相談を受ける。

 「それで私たちが付き添って窓口に行くと、受理するんです。制度があってもケースワーカーや窓口の人によって対応が全然変わってくることも珍しくありません」

 また受給者に対する世間の風当たりも強い。これは朝日さんの時代からそうで、一審で勝訴したあと、嫌がらせや中傷の手紙が全国から届いたとその著書で公表している。

 日本国憲法は「押しつけ憲法」だという人々がいる。たしかに下書きはGHQで作られたことは否定できない事実だ。しかし「仏作って魂入れず」という言葉もある。日本国憲法という「仏」の下絵はGHQが作ったが、その表情、手の動きなど細かな意匠は森戸ら日本人によって描かれ、朝日訴訟一審の裁判長浅沼武のような人々によって魂が込められてきた歴史があるのだ。

 生存権は「施し」でもなければ「絵に描いた餅」でもなく、戦後の日本人が発案して支えた「権利」であることを改めて主張したい。

【参考文献】
記事中に紹介したもののほか、
「人間裁判 朝日茂の手記」(朝日訴訟記念事業実行委員会編・大月書店)
「日本国憲法の誕生」(古関彰一著・岩波書店)
「憲法制定前後」(鈴木安蔵著・青木書店)
「生存権・教育権」(中村睦男、永井憲一著・法律文化社)
「日本国憲法成立史」(佐藤達夫著・有斐閣)