湯沸器が撮影禁止!?

 ところが、その1時間半後、今度は妻が落ち込む事件が起きた。コンパートメントの外から戻ってきた妻が、やけにうなだれている。

 「湯沸器の写真を撮ろうと思ったら、ダメだって言われた」

 「えっ、あのアネゴ車掌に?」

 「そう、湯沸器にカメラを向けたら、その前に手を出して写すなというのよ」

チュメニの機関区。蒸気機関車用の扇形庫が残されていた

 やはり、モスクワが近くなると、いろいろとうるさいのか。とはいえ、軍用トラックはともかく、なぜ湯沸器が……。予想外の出来事に、二人とも黙りこくってしまった。

すっかりピカピカになったステンレス製の湯沸器

 それからしばらくして、アネゴ車掌がやってきて、妻に「ちょっと来て」とジェスチャーをする。2、3分ほどして戻ってきた妻は、満面の笑みであった。

 「さっきは湯沸器が汚れていたから、写して欲しくなかったみたい」

 しかも、湯沸器にはタオルがかかっていたので、みっともないと思っていたようだ。そのタオルでステンレスの湯沸器をピカピカに磨いたので、「さあ、写してくれ」と呼びにきたのである。

 意外と外国人との間の誤解というのは、こんなつまらないことから起きるものなんだなと、思わず私は年寄り臭い教訓を口走ってしまったのであった。

大きな町が増えてモスクワに近づいていることを実感

 ところで、地図を見ると、ノヴォシビルスクからモスクワまでの直線距離は、ウラジオストク~モスクワの半分近くある。だが、ノヴォシビルスク以西は直線区間も多く、大きな勾配もないようなので、列車はかなりのスピードを出していた。

シベリア鉄道で見る最後の夕陽が山の端にかかった

 そして、これまではあまり目にしなかったような都会が次々に現れてくる。やはりシベリアの西側のほうが古くから開拓されたためだろう、東側の牧歌的な駅や沿線の雰囲気が懐かしい。

 とはいえ、大きな町と町の間にも、やはり森林や原野があり、はっとするほど美しい光景が目に飛び込んでくる。そんな光景を逃さないように、相変わらずカメラを手元に置いて車窓を眺めている私であった。

 いよいよ明日の夕方はモスクワ到着である。

金色のネギ坊主が乗ったロシア正教の立派な教会も、よく見かけるようになった