オビ川の近くにあるオビ駅

 だったら、それでおしまいにするか、英語で話を続けるのかと思っていたら、勢いよくロシア語が口から出てきた。どうやら、湯沸器やトイレの使い方、車掌室のある場所を説明してくれているようである。この説明は、新しい乗客が来たらお決まりの「儀礼」なのだが、それならばロシア語が分かるかどうか聞かなくてもよさそうなものなのに……。一事が万事こんな調子で、常にマイペースな人であった

「お土産買え買え」攻勢の第一波

 一通り説明が終わると、「ちょっとこっちへ来い」と身振りで示す。彼女は車掌室に入って何やら大きな人形を取り出したかと思うと、その顔の部分を自分の頬にくっつけて私たちに見せた。それは、シベリア鉄道土産のぬいぐるみだった。

 擬人化されたクマが車掌さんの格好をしているぬいぐるみなのだが、愛嬌のある顔がかなりその車掌さんに似ている。本人もそれを意識してのパフォーマンスなんだろう。

車掌室前に貼りだされていたお土産品一覧。右端にそのぬいぐるみがある

 「あれは、ぬいぐるみを買ってくれっていうことよ」

暖色系でまとめられた1等車の通路は、とてもきれいで清潔

 妻はすぐ彼女の意図を見抜いたのだが、けっしてその行動は嫌味ではなかった。むしろ、意図がはっきりしていて気持ちがいい。開けっ広げで憎めない性格は、どこか私の生まれ育った東京下町のお姉さん方に共通するものを感じた。そういえば、上野の安い鮨屋でよく会うアネゴに、顔も体型も声も似ていたっけ。

 それはともかく、「社会主義時代のソ連とはずいぶん変わったもんだなあ」とも思って、内心にやにやしながら見ていたのも正直なところである。そもそも、当時は気の利いたお土産もなかったし、あったとしても車掌さんが積極的に売り込むなんて想像もできなかった。どこに行っても、顧客サービスや商売っ気というものが感じられなかった時代である。

湯沸器はステンレス製。この湯沸器にかぶせられたタオルが、後に大きな「事件」を引き起こす

 「ソ連崩壊から四半世紀。ここにも資本主義が根付いたか」

 感慨深かった。もちろん、せっかくシベリア鉄道に乗ったのだから、何か記念のものを買って帰りたいという気持ちはあった。だが、彼女の持つぬいぐるみは、高さが50cmはあったろうか。残念だけど、さすがに大きすぎると私は身振りで示すしかなかった。

 この後も何度か、彼女の「お土産買え買え」攻勢があるのだが、結局何を買ったのかは次回のお楽しみに。