楽しみにしていた「子供鉄道」は休みだった

 そして、今回も忘れずに鉄道の話題を一つ。再開発地区から15分ほどアンガラ川のほうに歩くと、そこには「子供鉄道」がある。これは、日本でいうと小学校高学年から中学生くらいの子どもたちが中心になって運営する小さな鉄道のことだ。

 将来鉄道で働こうという子どものための職業訓練であると同時に、サークル活動のような一面もあるとのことで、旧ソ連を中心にした旧社会主義国に広く分布している。一見、遊園地の鉄道のように思えるが、実際はかなり立派なものだ。

子供鉄道の立派な駅

 イルクーツクの子供鉄道の路線は、アンガラ川の中州を1周して戻ってくる3kmほどの路線である。ホテルのフロントで道順を聞いて訪ねてみたのだが……なんと門が閉まっていた。

 看板に書かれたロシア語を、翻訳アプリの力を借りて読み取ったところによると、営業は5月9日~8月31日の月・火以外とのこと。しかたがないので、前日の大雨でぬかるんだ脇道に侵入して、柵ごしに車両と駅を様子を撮ってがまんすることにした。

 「次は、子供鉄道が動いているときに来なくては!」

柵越しに撮った写真。正面が上の写真の建物で、その左側がホームになっているようだ

「シベリアのパリ」の中心地はどう変わった?

 ところで、イルクーツクのニックネームは「シベリアのパリ」。「シベリア」と「パリ」という、相反するイメージの合体に違和感を抱く人もいるだろうが、実際にここに来て中心部の重厚な建物を見たり、川沿いを散歩したり、落ち着いた味わい深い通りをぶらぶらしてみると、あながちオーバーな形容でもないように思えてくる。

イルクーツク中心部。カール・マルクス通り

 町の中心部は、イルクーツク駅から見るとアンガラ川の対岸にある。中心部を南北に走るメインストリートがレーニン通り。レーニン通りに交差して何本かの主要な通りがあるが、そのうちでも、いかにも「シベリアのパリ」を思わせる町並みがカール・マルクス通りである。そう、イルクーツクは、レーニンとマルクスが今も健在なのだ。

アンガラ川のほとりにあるバガヤヴリェースキー聖堂。ソ連時代は、パン工場とその宿舎として使われていたとのこと。レール幅の狭い線路が気になる(1985年撮影)
ソ連崩壊後に教会として復活。外装もきれいに塗られて修復された

 下の2枚の新旧写真でも分かるが、中心部に限っては、30年前と建物がほとんど変わっていない。やはり、石造りの建物は長持ちするのだろう。

 一点だけ大きく変わっているのは、どの建物にも看板が取り付けられたことだ。商売っ気のない社会主義時代は、建物の前まで来ないと、そこが本屋なのかレストランなのかも判別できなかったものだ。ところが今では、いいのか悪いのかクラシックな建物にも看板だらけ。そういえば、市内を走る路面電車も、派手な全面広告車がほとんどで、ちょっと興醒めだった。

レーニン通り。このときはたまたま付近が道路工事中だったので、人が車道を歩いている(1985年撮影)
現在のレーニン通り。建物は変わっていないが、看板や電柱の広告が目立つようになった