とはいえ、当時は足の向くまま歩いただけなので、撮影場所の特定は本当に困難を極めた。たまに写真に現れる教会や路面電車の線路を頼りに、パソコンの画面とにらめっこしながら、点と点をつないで線にしていくという楽しくも目につらい作業が毎晩続いたのである。

今も残る木造家屋。軒先や窓の周囲の凝った飾りが見事
窓の上の飾りはニワトリ? それとも鳩?

 そして、「この写真はこのあたりで撮ったのかな?」と目星を付けたら、グーグルストリートビューでチェック。30年前と同じ建物を見つけるたびに、密かな喜びを一人で味わっていたのだった。

日本語勉強中のロシア女子に遭遇「メールくださいね!」

 さて、さんざん偉そうな能書きを垂れてしまったので、ちょっと話題を変えよう。再開発地区で入ったレストランでのことである。

 初日の夕食は、それまでの夜行2泊で疲れていたので、ホテル近くのレストランでとることにした。再開発地区にはおしゃれなレストランが軒を連ねているのだが、どこも見るからに今どきの軽い雰囲気の店ばかり。しかたがないので、あまり味に期待せずに入ったのが、壁面がガラス張りで日本のバブル時代を思わせるおしゃれ感が過剰な店だった。

これは2日目に入ったレストランの店内。やはり再開発地区にあるが、こちらはソ連時代を懐かしむレトロ趣味の店

 応対してくれたのが、ロシアのフィギュアスケート選手、エレーナ・ラジオノワにちょっと似た、ぷっくりしたかわいい女の子だった。英語で注文を聞いたあとで、私たち二人が日本語でしゃべっているのを聞いて、彼女は目を輝かした。

 「私は日本語を勉強してイマス。私の名前はアデリーナです。私は日本に行きたいです~」

 きれいな発音だった。年は19歳とのこと。やはり、原宿や秋葉原に興味があるようだったが、とにかく日本を見てみたいのだそうだ。可能ならば翌年の春(つまり今年)には行きたいというので、メールアドレスを交換。日本に来たら鮨をごちそうすると約束した。

 「わー、うれしい。メールくださいね!」(ここは英語)

 というわけで、日本に帰ってきてから、やさしい英語でメールを出したのだが、3カ月たった今も返事はまだない。まあ、そんなものだろう。

 「彼女は日本に来る前に、まずモスクワに行ったほうがいいよ」とは、数日後、きらびやかなモスクワの町を目の当たりにした妻の言である。もっとも、イルクーツクからだと、モスクワより東京のほうが距離は半分で済むのだ。ビザは必要だけど。

前菜として注文したサラダ。中央はビーツとポテト。スモークサーモンは、どの店で食べても間違いなくおいしかった

 そうそう、期待していなかった食事なのだが、素材を生かした日本人好みの料理だった。

 今回の旅で感じたのは、ロシアの食事は掛け値なしにうまいということ。野菜のメニューが豊富なのもうれしいし、前菜やメインにこだわらずに食べられるのも気楽。新しい店は、メニューや調理法にイタリアンの影響が強いように感じられた。

 現代ロシアの食事のうまさは、私や妻だけでなく、仕事でたまたまロシアに行った知人も言っていた。ソ連時代の「メシがまずい」というイメージは、私が食べた限りでは、もう過去のものである。

ロシア料理の定番の一つペリメニ。ロシア版水餃子である。これはハバロフスクの店で食べたもの