アンチエイジングといえば、女性の関心事と思いがちだが、そうではない。WHO(世界保健機関)の「世界保健統計2015」によると、平均寿命84歳の日本は世界一の長寿国だ。しかし男女別に見ると、女性は第1位なのに、男性は第6位にすぎない。日本では、女性は健康に気を遣っているが、男はそうでもないという現実がそこから見て取れる。本当にアンチエイジングが必要なのは、実は男性のほうだった!
今回は「座りっぱなし」の害について。座っている時間が長い人は病気になるリスクが高くなることがわかっている。人間も動物である以上、「体を動かす」ことが大切だ。
運動は脂肪を減らし、筋肉を増やすだけではない。さまざまな病気のリスクを下げるとともに、ミトコンドリアの質を良くし、アンチエイジングにも役立つ。実際、1日わずか15分の運動でも「寿命が延びる」ことが確認されている。
座っている時間が長い人ほど、がんになりやすい
最近、「セデンタリー(Sedentary)」という言葉を耳にする機会が少しずつ増えている。意味は「座りっぱなしで体を動かさない」こと。運動不足というだけでなく、長時間じっとしている状態を指す。現代人には特に珍しくない状態だが、最近は座りっぱなしが「寿命を縮める」と注目されている。
日本抗加齢医学会理事長を務める慶應義塾大学医学部の坪田一男教授はこう話す。
「セデンタリー、すなわち動かない生活は、タバコと同じくらい体に悪く、がんや心血管障害など命にかかわる病気の原因になることがわかってきた。2012年にWHO(世界保健機関)は、1日10時間以上座っている人は4時間以下の人に比べて病気になるリスクが40%も高くなると発表している」
これとは別に、406万8437人を対象に、がんとセデンタリーの関係を調べた研究がある。それによると、セデンタリーが1日2時間増えるごとに、大腸がんの発症リスクが8%ずつ、肺がんの発症リスクが6%ずつ高くなる (J Natl Cancer Inst.2014 Jun 16;106(7),pii:dju098)。
運動不足が健康によくないのはもちろんだが、それ以上に悪いのは「長時間じっとしている生活」なのだ。坪田教授によると、「血行が悪くなること、交感神経の緊張、エネルギー消費の低下が、セデンタリーの問題」だという。
とはいえ、仕事で毎日朝から晩までパソコンとにらめっこしなければならない人も少なくないだろう。セデンタリーの時間を長くしないため、2時間に1回は席を立ち、手足を動かすことを心がけてほしい。
米国シリコンバレー企業の中には、この数年、立ったまま仕事ができるスタンディングデスクの導入が流行しており、大手家具販売店も高さを調整できる自動昇降スタンディングデスクなどを発売して話題を呼んだ。その動きは日本にも少しずつ波及してきている。あなたの会社も、いずれ立って仕事をするようになるかもしれない。
糖尿病などの生活習慣病を引き起こす「肥満」もセデンタリーと深い関係がある。米国のNHANES(全国健康栄養調査)を解析した研究から興味深い事実がわかった。
1988年から2010年にかけて、米国では年0.37%ずつ平均BMIが増え続けている。BMIとは肥満度を示す体格指数のことで、体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出する。つまり、身長と体重の比率から肥満度を見たものだ。米国人の肥満は、年々進んでいる。
ところが意外にも、この22年間で米国人の摂取カロリーはほとんど増えていない。変わったのは、体を動かす時間だ。
22年前に比べて体を動かす習慣がないセデンタリーの人は、女性が19.1%から51.7%へ、男性が11.4%から43.5%へと急増していた(グラフ参照)。
同じ研究から、摂取カロリーが同じくらいでも、太っている人は座っている時間が長いことも確認された。これを坪田教授はNEAT(Non Exercise Activity Thermogenesis)、すなわち「運動以外の日常での活動量」という言葉で説明する。
「きちんとした運動をしなくても、歩く機会を増やすなど、日常の中でアクティブに動いてセデンタリーの時間を減らすだけでも肥満を防ぐ効果がある」(坪田教授)
1日15分の運動、「意識しながら」で効果アップ
もちろん、できればしっかり運動するに越したことはない。
運動は単に肥満を防ぐだけではない。信州大学大学院医学系研究科スポーツ医科学講座の能勢博教授によると、「高血圧や糖尿病といった生活習慣病、がん、うつ病、認知症。これらのリスクが、すべて運動によって低くなる」という。
かつて「有酸素運動は30分以上続けないと意味がない」と言われたこともあったが、台湾の国家衛生研究院が41万6175人を対象にした調査から、「1日15分」でも大きな効果があることがわかっている。
ウオーキングなど中程度の運動を毎日15分する人は、まったく運動しない人に比べて「病気による死亡率」が14%減り、寿命が3年延びる。さらに1日90分までは、運動時間が15分増えるごとに死亡率が4%ずつ減り、毎日90分運動する人は運動しない人に比べて死亡率が35%も低かった(Lancet.2011 Oct 1;378(9798):1244-53)。「運動で寿命が延びる」ことを医学的に示唆した研究だ。
忙しくてスポーツクラブに通う時間が取れないという人も、1日15分のウオーキングならハードルは低いだろう。2回に分けてもいい。
「家から駅まで速歩きで8分なら、その往復だけでも1日16分のウオーキングになる」と坪田教授は話す。
なお通勤ウオーキングをするときは、「運動している!」と強く意識してほしい。面白いことに、「運動している」「体にいいことをしている」と意識して運動すると、効果が高まる、という研究もある。
ホテルの室内清掃作業員を2つのグループに分け、一方にだけ「掃除やベッドメイキングも運動です」と教えた。同じ作業をしていたにもかかわらず、そう教えられたグループだけ1カ月後に平均体重が1.5kg減り、血圧や血糖値も下がった(Psychol Sci.2007 Feb;18(2):165-71)。どうせ運動するなら、「これは効く」と意識して行ったほうが、断然お得というわけだ。
細胞の中にあるミトコンドリアとの関係から、運動不足は身体の老化を進めることもわかっている。
ミトコンドリアは酸素を使ってATP(アデノシン三リン酸)という細胞を動かすためのエネルギーを作り出すが、運動不足になると細胞内でATPが余る。すると、「ミトコンドリアから電子が漏れ、酸素と反応して活性酸素になる」と、ミトコンドリアに詳しい香里ヶ丘大谷ハートクリニック(大阪府枚方市)の大谷肇院長は話す。
ATPのニーズが減ることでミトコンドリアの数も減り、質も悪くなる。老朽化した質の悪いミトコンドリアは、より多くの活性酸素を発生させて身体の老化を進めてしまう。
運動のアンチエイジング効果とは?
一方、運動するとATPが消費される。新たに作る必要が出てきて、ミトコンドリアの新陳代謝が盛んになる。ジョギングやウオーキングといった有酸素運動をすると酸素の消費が多くなり、一時的に活性酸素も増えるが、「ミトコンドリアの質が良くなることで、結果的に活性酸素の排出量が大幅に減る」と大谷院長は話す。
年を取るとともにミトコンドリアの質も低下していくが、運動によってそれを抑えられるという研究結果もある。カナダのマクマスター大学で行われた研究によると、日常的に運動する習慣を持つ平均70歳の高齢者たちは、ミトコンドリアの機能が若者とほとんど変わらなかった(PLoS One. 2010 May 24;5(5):e10778)。
運動の効果はやせて健康になるだけではない。ミトコンドリアの質と量を保ち、老化を抑えることにも直結している。
しっかり運動する時間が取れなければ、1日15分でもいい。エレベーターをやめて階段を登る、たくさん歩くことを心がけるなど、生活の中で少しでも体を動かすことから始めてみよう。
『男こそアンチエイジング』伊藤和弘・著
アンチエイジングが本当に必要なのはオトコのほうです
迫り来る加齢に男はどう立ち向かったらいいのか。AGA、ED、老眼、前立腺がん、男性ホルモン低下、ドライマウス、オヤジ臭、シミ・シワ、尿漏れ、かくれ肥満、ドライアイ──。中年男性特有のテーマに対して最新予防医学はどんな答えを持っているのか? 抗加齢研究の第一線で活躍している医師に徹底取材し、その答えをまとめたのが本書『男こそアンチエイジング』(日経BP社発行、1500円+税)です。
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