経済が好調に推移すると見込まれる2018年。この好調期こそ、日本に蔓延している通念(常識・観念・俗論)を打破して、新しい挑戦に取り組まなければならない──経済同友会の小林喜光代表幹事とアジア成長研究所の八田達夫所長(大阪大学名誉教授)は、共通した問題意識を持つ。
対談の前編では、人口減少が進んだとしても、考え方を変えれば日本はまだまだ成長できるという点で意見が一致した。後編では、定期採用の見直しや移民の受け入れなど、痛みの伴う労働市場の改革についても議論が及んだ(司会は日本経済研究センターの斎藤史郎参与が務めた)。

カギ握る労働市場改革
斎藤史郎氏(=司会、 以下斎藤):世界経済の拡大にも恵まれ、景気には明るさが広がっています。日本経済がダイナミズムのある経済成長を続けるには労働市場改革が必要との指摘が少なくありません。
小林喜光氏(以下、小林):そう、そこがカギですね。
八田達夫氏(以下、八田):私も、そこがカギだと思います。
小林:世界は一流の選手をそろえてプロフェッショナルの戦いを挑んでくるのに、日本だけが、プロも、一般人も、その分野の適性がない人も、みんな均一の条件で戦うというのは、いわば社会主義国のようなものです。

三菱ケミカルホールディングス会長。1946年生まれ。東京大学大学院理学系研究科修了後、イスラエルのヘブライ大学、イタリアのピサ大学に留学。74年三菱化成工業(現:三菱ケミカル)に入社。2007年三菱ケミカルホールディングス社長に就任、15年4月より同会長に就任(現職)。このほか、経済同友会代表幹事や未来投資会議構造改革徹底推進会合会長、東芝の社外取締役なども兼ねる
会社は新陳代謝をしており、しなければ生きていけません。ところが、新陳代謝をした暁に、社内失業者のような人がたくさん出てしまう。これはその人にとっても、会社にとっても不幸です。そういう人にも自分に合った仕事が見つかるミスマッチのないような労働市場をつくる。そんな仕掛けが必要です。多様な人たちが、それぞれ多様な方向で生きていく。
やたら働く人もいるし、ほとんど働かずに暢気にやっている人もいる。それぞれ受容しながら、最終的なところでみんなある程度、エンジョイできる社会にすることが大切だと思います。
八田:労働市場の流動性を高めることができれば、どんどん新しい体制に移っていけると思います。ところが、今は、例えば仮に本当に優秀な人材がいて、中途採用したくても、年功序列でポジションが空いていないからできない。これでは何もできません。
もちろん、解雇されないという条件で雇われた人を解雇してはまずいですが、高い給料を得る代わりに解雇されてもいいんだ、というような条件で人を雇うこともなかなかできないというのは問題だと思います。日本では法律上、解雇が非常に制約されています。
小林:今、働き方改革が盛んに言われていますけれど、IT企業の経営者たちは、「会社を立ち上げるときは24時間働いた」と口をそろえます。 直接金融の最先端に関わっているような人は、3週間で1兆円の資金調達をまとめ上げたりします。そういう人たちの労働は、一般的に見れば想像を絶するでしょう。
グローバルな戦いに勝つためにはハングリー精神も必要です。企業のコンプライアンス問題や不祥事にはしっかり目を配っていかなければなりませんが、同時にガッツがなければ戦えません。世界で勝ち抜いていくという思いがなければ、競争力を高めることなどできません。今の日本ではここが、ものすごく失われていると思うんですよ。海外を見渡すと、欧米でも中国でもアジアでもハングリーな人たちばかりです。

斎藤:本質的な問題ですね。社会全体に働きすぎを是正しようという動きがある中で、ハングリー精神とどう折り合いをつけていくか。デリケートではありますが、忘れてはならない論点ですね。八田先生はどう思われますか。
八田:私も全面的に小林さんの意見に賛成ですが、働く人の中には「クビにだけはなりたくない」「そんなに給料が高くなくてもいいから、とにかく早く帰りたい」「人間らしい生活をしたい」という人がいるのも当然だと思います。だから、そういう労働契約を結ぶのならば、きちんと法律を定めて、執行するような仕組みがあるべきだと思います。
つまり、様々な契約があってもいいと思うんです。「4年間は一生懸命働きますから、そこで評価してください」とか、「労働時間は自分で管理します」とか。様々な選択を許すことが必要なんじゃないかと思うんですね。
小林:誰も彼もが同じように給料の高い企業を目指す、そういう同質的な風潮や評価システムは、僕は間違いだと思うんですよね。そんなことをやっていたら、日本の優位性のみならず、国内の産業、特に知的産業の競争力、あるいは大学の競争力は伸びていきません。格差の問題は大きな問題ですが、単純に働き方を均一にするのはいかがなものかと思います。多様な働き方を認めたうえで、別の政策的な工夫で格差を解消していくよう考えるべきではないでしょうか。
斎藤:解雇に伴う金銭補償ルールの制定も抵抗が強く、なかなか進みませんね。何か工夫の余地はありますか。
八田: 労働市場改革を、いったん退職した人や定年を過ぎた60歳以上の労働者を対象に先行させたらどうでしょうか。そこでは解雇も自由、優秀な人材であれば契約の継続も自由、という形にすれば、会社としては高齢者を雇う時のハードルが下がるのではないでしょうか。
斎藤:まずは高齢者の雇用改革ですか。
八田:そうです。高齢者の労働に対して革新的な改革を行えば、その後、全体の労働改革も進めやすくなると思います。
非正規雇用の改革についても言えるでしょう。例えば、非正規雇用者は5年間雇ったら、雇い止めになってしまう可能性があります。そういう制度は、やはり非正規雇用者にとっては非常に不利ですから、いくらでも再契約をしてもいいという仕組みが必要です。今の日本では、正規雇用者の利権を守るために、非正規雇用者に対して様々な不利な条件を強いています。労働改革のもう一つのブレイクスルーになると思います。
定期採用の見直しを
斎藤:労働市場改革には他に何があるでしょうか。
小林:「通念を破壊する」という意味では、定期採用の問題もあると思います。昨年(2017年)10月にパリを訪れたとき、ルノーの元会長であるルイ・シュバイツァー氏とお会いしたのですが、「日本の競争力が弱い原因は、(4月の)定期採用である」とおっしゃっていました。そんなことをやっている国は、世界中のどこを探してもありませんよ、と。
一部の日本企業、IT企業や一部の製造業では既に通年採用をしていますが、一般的に見れば定期採用をしている企業が非常に多い。毎年決まった時期にしか採用しないというお仕着せのルールです。そうした「通念」は間違いだと思いますね。優秀な人材だったら、どの時期であっても来てもらうといった雇用の流動性が大事です。これまでずっと続いてきた規制の中でやってきたものだから、何も変えようとしません。そんなことをしていると、外国人も雇えないし、海外留学している人のハンディキャップも非常に大きくなってしまいます。
労働改革は、企業が柔軟に動けるように、きめ細かく議論していかなければなりません。働き方改革は大事だが、ただ残業時間を減らすだけというのでは、あまりに寂しい改革だと思いますね。
八田:今、小林さんがおっしゃったことは、大学の競争力にも繋がります。日本の仕組みは、4月に就職したら、その後はよほどのことがない限りクビになりません。採用試験は一度に集中しますから、実力をすべてチェックするのは限界があります。そこで企業は、どこの大学の学生かを最も重視するようになります。正確ではないけれど、優秀な人材かどうかを見極める一つのチェックポイントになるだろうと。
すると、若者は「いい大学に行こう」と考えます。それは、単に資格証明のためです。学生は入学した段階でそれなりの企業に就職できることが決まってしまうわけです。そうなると(大学同士も)競争しなくなる。そこで、もし、小林さんのおっしゃるように、通年採用が実現すれば、大学も実力のある人を育てることが重要になってくるわけで、競争するようになります。
人材の質を上げるための移民の受け入れを
斎藤:労働問題として、移民の問題もありますね。
小林:これも重要なテーマだと思いますが、日本人のメンタリティーとしては、複雑なところでしょう。日本は島国で長い間隔離されてきましたから、人種のるつぼみたいになることには抵抗があるでしょう。
しかし、人材の質を上げるという点で、非常に強い刺激剤になるのではないかと思います。海外の高度なプロフェッショナルを、高い給料を提示して採用するのは意味のあることだと思います。既に一部の企業は海外企業を買収していますから、マネジメント層には結構多くの外国人がいます。その結果、日本に移り住む、そんな自由度があってもよいのではないでしょうか。そのレベルならむしろ必要でしょう。
斎藤:八田さんはどう思われますか。
八田:その通りですね。ダイバーシティということは非常に重要です。海外から大卒の高度人材をどんどん入れることは必要だと思います。
大学の話になりますが、私は政策研究大学院大学の学長を務めていた時のことです。外国人を雇わなければいけないことになり、私は米国の経済学会に毎年行って、何人もの方にインタビューをし、日本でセミナーを開催したりして、多数の外国人を採用しました。

アジア成長研究所所長、経済同友会政策分析センター所長。1966年、国際基督教大学教養学部卒業。米ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士(Ph.D.)。ジョンズ・ホプキンス大学教授、大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学学長などを経て現職。内閣官房国家戦略特区諮問会議議員などの政府委員も務める。著書に『電力システム改革をどう進めるか』(日本経済新聞出版社、2012年)、『ミクロ経済学 Expressway』(東洋経済新報社、2013年)など多数
ところが、「この人にぜひ来てもらいたい」という人が、給料の差によって、結局、米国やカナダ、シンガポールの大学に行ってしまうというケースがありました。この給料の差というのは、多少の差ではありません。少なくとも、倍の差があります。
日本の大学も、賃金設定を自由にしなければならないと感じましたね。つまり、しょうもない研究をしている人の給料は余り上げない。実力のある人の給料は実力に応じて上げる。その自由は大学にあるという形にすることが必要だと思いましたね。
小林:しょうもない研究をしている人でも辞めさせられない。そこが難しいところですね。
八田:そうですね。まあ、その人の能力に原因があることもありますが、研究自体が時代の流れから遅れてしまっている場合もあります。
小林:企業はスクラップ・アンド・ビルドをしないと生き残れないけれど、大学は昔からあるものを維持したまま新しいことをやろうとする。それでは、経費は膨らむ一方じゃないですか。
八田:そうです。その点はかなり危機的なことだと思います。日本のノーベル賞受賞者が多いのは、やはり60年代以降、政府が科学技術促進のために大学に多額の予算を配分したからなんです。
そして今、ITの時代が到来し、まさにその部分に予算が必要になりました。ところが、既に工学部には昔の人たちがいるわけです。彼らが抵抗勢力となり、肝心の新しい分野に予算を十分に配分できないのが実態です。それは大きな問題だと思います。
斎藤:まさに、既得権ですね。
小林:そういう大学教授を辞めさせることが、一番重要だと思いますね。そして、新しい分野の研究をしている優秀な若者を採用するのです。
斎藤:まさに、新陳代謝ですね。
小林:おっしゃる通りです。
斎藤:新陳代謝がない上、大学教育を無償化しようという動きもありますね。
小林:無料にしたところで、レベルの低い大学ではしょうがないと思いますがね。
八田:お金をかけるなら、(学生数という)需要を増やすよりも、(教授たちの)供給の質を上げることを考える方が先です。
小林:そうそう、間違いなくその通りです。
GDPでは測りきれない人々の効用
斎藤:もう一つ、長期的な日本経済の姿を考える場合、今急激に進んでいるデジタル革命をどう捉えるかが極めて重要だと思います。小林さんはそうした変化をにらみながら、国の豊かさを測るモノサシに問題があり「国家価値、あるいは国民の幸せをGDPで捉えられる時代は終わったのではないか」とおっしゃっていますね。
小林:まあ、既存の統計(設備投資関連や家計調査など)については政府も修正すべき部分に気が付いて、ここ1、2年だいぶ改善されてきたと思います。GDPを推計する場合に支出面、生産面、分配面からそれぞれはじいても一致するという「三面等価」の法則も、ぜひきちっと達成されなければならないとは思いますが…。

ただ、私が最も強く問題意識として持っているのは、デジタル革命が進む中で(既存の)GDPでは本質的に人々の効用、満足度を捉えきれなくなっているのではないかという点です。GDPは、貨幣価値で測定できる要素に基づき計算します。「人々が物質的に満たされれば幸福になる」という時代ならば適切な道具でしょう。しかし、物質的には既に満ち足りている経済、あるいはイノベーションによってより良いサービスや製品が安く供給される状況では、GDPで人々の幸福度、快適度を測るのには限界があると思うのです。
例えば、利便性は高まっているのに価格は下がっているものがたくさんあります。かつてコンピュータは何百万円も出さないと買えなかったのに、今の時代では同じような機能を持つスマートフォンは数万円になっている。あるいは、昔は音楽を聴く時にCDを買わなければならなかったけど、今は「YouTube」などで何でも聴くことができる。この価値がほとんど価格に反映されていないんです。
このように「測れないもの」が、若い世代の間では「価値」になっています。シェアリング・エコノミーもその一つです。米ウーバー・テクノロジーズのカーシェアサービスが話題を呼んでいますが、人々は「所有」ではなく、「利用」について考えるようになっているわけです。
昔は一カ月のうち3~4%程度しか使用しないクルマがいつも車庫に置かれていました。それが、シェアされるようになれば、(一台当たりの利用率が高まり、台数で見た)自動車の需要は現在の一割程度まで下がってしまう可能性もあります。
自動運転車の時代に、みんなでシェアするようなサービスが普及すれば、明らかに自動車の販売数は減るでしょう。資産が要らなくなるわけです。するとGDPは落ち込んでしまう。しかし、人々の快適度や幸せ度はむしろ上昇します。
このようにGDPと幸せ度が乖離している時代が到来していると感じるのです。ITやロボットの発達で世の中はすごく生産性が上がっているわけですが、GDPはそれほど上がっていない。この部分をどのように捕捉すればいいのか。経済学的にもそう簡単ではないと思いますが、大きな問題ではないでしょうか。
経済同友会は2016年に「経済統計の在り方に関する研究会」(座長・稲葉延雄氏=リコー取締役)を立ち上げ、「GNI(国民総所得)プラス」という新たな指標を考えるべきだと提言しました。
GDPばかりに着目するのではなく、一つは海外所得を含めたGNIも合わせて見ることが重要であると指摘しました。海外進出した企業の配当金や、有価証券の利益なども考慮するのです。海外進出する企業は今後ますます増えていきます。特に米国では法人税率が引き下げられますから、そのタイミングで進出を考えている企業も相当あるでしょう。一方で、愛国心のある会社は、日本に本社を置いて配当金などで利益を得ようとするかもしれません。
八田先生も先ほどおっしゃっていましたが、人口が減っても業績を伸ばすことは可能です。ただし、(国家レベルで)経済を発展させようと考えるなら、GNIといったようなコンセプトを重視する社会にする必要があると思います。海外でどんなビジネスをやっても構わないけれど、最終的に利益は日本に戻してくださいということです。
もう一つは非経済分野の指標も併せて考えていくということです。社会の持続性、安全性、健康や衛生、育児や教育などの分野も加味します。さらに、温室効果ガス排出量や犯罪発生率、介護施設充足率や年間の総労働時間などの指標も加えるのです。
斎藤:いろんな面から、GDPで国家の価値を測ることには限界が来ているということですね。八田先生はどうご覧になりますか。
八田:GDPに含まれるものというのは値段があるもの、市場で取り引きされているもの、あるいはそれと同等で値段が推測できるものです。確かに、その測定方法には限界もあります。
ただ、モノにはそれぞれ役割というものがあるのです。GDPについて弁護させていただきますと、GDPは直截に様々なことを我々に教えてくれます。例えば、ロシアのGDPは日本の5分の1で、イタリアと同レベルだとか。それから、世界各国が経済成長を遂げていく中で、日本だけが25年間も伸びていなかったという事実を分かりやすく教えてくれます。
斎藤:比較したり大局的に判断する場合には、非常に分かりやすいモノサシということですね。
小林:「20世紀の大発明」とも言われたりもしますからね(笑)。
八田:一方で、小林さんがおっしゃるように、GDPには生活水準の上昇が必ずしも反映されていない。その点は、日本も米国もロシアもみんな同じですが…。これからは、人々の満足度を測るのに経済学でいう「消費者余剰」を組み込めとか、色んな考えがあります。効用、満足度に焦点を当て、所得換算したらどうなるかなどを考えていくことも必要です。
国家価値を三次元で捉える
斎藤:小林さんは、GDPでは国家の価値は測り切れないというお話をされる時に、「三次元で考えると捉えやすい」と言われますよね。
小林:ええ、最初は、「企業の価値って何なんだろう」と考えたことがきっかけでした。企業価値は三次元に分解できる。X軸、Y軸、Z軸に分けて考えると捉えやすいと考えたのです。
企業を経営する場合に最低限必要なことは、絶対に儲けを出さなければならないということです。これが企業ベースでみたX軸で、利益、付加価値です。
二つ目に企業に求められるのは次の時代を読んで新しいテクノロジーを研究開発することです。これがY軸でイノベーションです。今、世の中ではビッグデータ、IoT、ロボティクス、AI、バイオ・サイエンスなどあらゆる分野で急激なイノベーションが起きています。企業はこれに対応しなければなりません。
三つ目は不祥事が起こらないようにどう徹底させるかとか、自社の技術を社会に向けてどのように役立て、社会にどう貢献していくのかということです。これがZ軸です。CSRとか「心」です。自らの企業活動が、環境問題、社会問題にどのように貢献していくか。まさに、サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ(持続可能な開発目標、SDGs)です。
この三つがない限り会社というものは潰れます。長期的に持続可能ではありません。まあ、以上の三つをよくよく考えてみると、武道などでよく言われる「心・技・体」なんですよね。
これは企業だけではなく、国家もまったく同じです。国家価値も同じように測ることができます。X軸の利益は国レベルで考えれば、GDPやGNIに相当します。Y軸のイノベーションは、新しい時代を見据え、大学を中心に次世代の知的産業を開拓する。Z軸の持続可能性とは財政の持続可能性、あるいは環境問題、人口問題、エネルギー問題などにしっかり対応していくこと。
それらが国家の価値という気がしています。企業も国家も価値というのはすべて「心・技・体」なんじゃないかと思うのです。
斎藤:八田先生は、今の考え方をどうご覧なりますか。
八田:経営の理念として、非常に優れたものだと思います。国に当てはめた時の私の解釈は、あまりに教科書的で申し訳ないのですが、X軸がGDP。これは必ずしも需要だけではなくて生産もすべて含まれるGDPです。
Z軸は、小林さんがおっしゃったようになかなか測れないものですが、例えば東京の井の頭公園の水がきれいになったとか、隅田川の水がきれいになったとか、そういった外部経済の分野です。これは、必ずしもGDPに含まれていません。価格がゼロだから。逆に言うと外部不経済として地球温暖化への取り組みのようなことも含まれます。こういう外部経済、不経済がZ軸に入ります。
では、Y軸とは何かというと、国内の資源を、現在の消費と将来の生産のためにどう分割するか。これは、言ってみれば投資と消費の分割のようなものです。技術進歩も、「今」という時間を犠牲にしてどれだけ投資するかという話になります。
小林:時間軸。
八田:そうです。だからY軸というのは、時間という視点から見て今を幸せに過ごすのか、あるいは将来をもっと幸せにするのかという選択だと解釈しているんですね。
斎藤:小林さんはX軸、Y軸、Z軸について、少し違った意味で時間の概念と対応させておられますね。
小林:ええ、X軸は一か月とか四半期単位で考える。Y軸は10年単位で考える。Z軸は1世紀単位、そんな風に考えるのが妥当かなと思っています。
斎藤:分かりやすい整理ですね。
「総理主導」で岩盤規制を打ち破れ
斎藤:時代がどう変わろうが、構造改革、規制改革は常に大事ですね。お二人とも日本経済が活力を高めるには構造改革、規制改革が重要と認識されていると思います。国家戦略特区制度のワーキンググループの座長でもある八田先生は、どう進めれば良いと思っていますか。
八田:色々な切り口があると思うんですけれども、構造改革を妨げている問題を整理してみると、やはり選挙制度の問題があると思います。ひとつのポイントは地方です。これからは人口移動を(生産性の高い)外に向けて促進しなければなりません。その点では既存の政治力が流動化を妨げる面があります。 もう一つは、高齢者、老人が力を持っているということです。高齢者の投票数が多ければ、どうしてもそちらに偏った政策が強くなってしまいます。政治家だって、高齢者が多いですから。

斎藤:一票の格差とか「シルバー民主主義」の問題ですね。
八田:そうした障害を解決できるのは、政策研究大学院大学特別教授の井堀利宏氏(東京大学名誉教授)が提唱している「世代別選挙区制」の導入です。年齢別に選挙区を分け、地方の影響をなくし高齢者の影響をなくすという選挙制度です。
斎藤:私もインタビューしてお話を伺いしましたが、びっくりするようなアイデアですね。
八田:もう一つの障害は、各官公庁と業界との結びつきによるしがらみです。ここが、様々な構造改革を抑制してしまっている面があります。そこで、国家戦略特区でやったような総理主導の仕組みが必要ではないかと考えています。最後は総理が決めるんだから役所は譲るべきだという議論をしながら、どんどん改革を進めていくのです。
そんなに数多くのテーマをやることはできないでしょうから選択的にやる。労働問題のような非常に重要な課題については、総理主導で改革を進める仕組みがどうしても必要になると思います。
斎藤:最近、しばしば言われているのは「総理が様々な意見に耳を傾けず、結論ありきでやっているのではないか」という見方です。国家戦略特区制度に批判的な声も巷にはありますが。
八田:それは、既得権を守りたい人がそう言っているだけの話でしょう。
斎藤:やはり、もっと総理主導でやるべきだと。
八田:それしかありません。各省に任せてしまうと、しがらみがあって改革などできないですよ。構造改革が今までできなかった理由はそこにあります。
小林:僕もかなり近い意見なんですけど、日本は少し前まで一年ごとに首相が交代していて外交的には非常に大きなハンディキャップを背負っていました。しかし、5年もやると非常に強いリーダーシップを握ることができる。安倍首相は2021年の秋までやられる確率は高いですよね(注:2018年9月の自民党総裁選で安倍氏が選出された場合、総裁任期は2021年9月までとなる)。
消費増税に絡んで少子化対策費の一部として3000億円を経済界から調達するなど、安倍首相は自民党にも相談なしに決めてしまったと言われています。まあ、今までの民主主義というか、ああでもない、こうでもないいうところから比べると、ちょっと異例の早さでしたね。それに対して、あまり国民が大騒ぎはしてない現状を見ると、何が正義かと判断するのは極めて難しいということですね。
確かに、プーチン大統領や習近平国家主席の体制は、政策を遂行するには効率がいい。中国なんか、「中国製造2025」を打ち出して、鉄などのコモディティー産業に見切りをつけ、次世代のIT、航空宇宙技術、先進的な交通インフラ技術、エコカー、新素材などに重点を置こうとしている。
若者のガッツ喪失を憂う
小林:今の時代は、米国のトランプ大統領、イスラエルのネタニヤフ首相、トルコのエルドアン大統領など、もうみんなディクテーター(独裁者)的じゃないですか。ある意味でポピュリスト(大衆迎合)的であり、なおかつディクテーター的です。
日本は今、政治が安定していますから、従来の既得権をぶっ壊すチャンスです。農業に限らず学界も含め既得権をぶっ壊す。世界の中で日本が優位性を持つためには、規制改革が何としても必要です。何が正義かは一番大事ですが、いま、日本は世界のディクテーター的なリーダーがいる国々と勝負しているという面もあるのです。
最終的な目的は何なのか。もちろん、財政の健全化や持続可能性は、当然のことながら最重要なポイントの一つです。しかし、もっと懸念すべきは、若者も含め日本にはガッツがあってクリエティビティーのある人材がいなくなっているのではないか、という問題です。
最近の日本の若者たちからは、強い活力を感じないんですよ。眼の光を感じません。幸せで何となく出来上がった「幸せな人間」ばかりです。「幸せの代償」があまりに高すぎると感じますね。
これから日本はどんどん衰退していって、「5流国」になるという話もある。かつて「日の沈まぬ国」だったスペインのような衰退国家です。非常に怖いな、と感じます。衰退を止めるのは今しかありません。安倍政権には、そういう部分をやっていただきたいと思いますね。
八田:おっしゃるように、改革にはある種の強さが必要だと思うんですが、日本が中国やロシアとまったく違うのは、やっぱり基本的に民主主義だということです。
だから、もし安倍政権がダメだと思えば、有権者が拒否できる。そういう条件の下で総理が強い力を発揮するということは、非常に意味のあることじゃないかなと思います。
斎藤:グローバリズムが進展する中で、国家と企業との関係はどうあるべきだと考えますか。
小林:企業と国家は、そもそもの目的や支えられているものが違います。企業は儲けることを主とし、株主に支えられています。当社(三菱ケミカルホールディングス)では既に半分が外国人投資家です。例えるならば私どもの選挙民というのはグローバルな株主なんですね。一方、国家はシルバー民主主義じゃないけど、国内の地方の高齢者たちがメインに支えている。
つまり、国と企業はよって立つところが違うのです。お互いにその違いを認識しながらやっていかなきゃいけないと思います。法人税競争みたいなことになってくると、企業はますます外で展開することになりますね。理論的には、国民はシンガポールやオランダなどに移り住んでしまいます。簡単にそうはならないでしょうが、理屈ではそうなるのです。既に一部の企業は本社をシンガポールに移しています。
しかし国というものは愛国心を持った「私」の集合体とも言えます。だとしたら、ここに住み、四季を楽しみながら、周辺国の脅威、北朝鮮の脅威から国を守ることも考えなければならない。みんなが、移民しちゃえばいいということにはならないと思います。
結局、最後に残るのは「大和魂」なんですよ(笑)。日本人は多神教ながら、日本教という独特の愛国心がある。これは、必要ないという人には必要ないかもしれないけど、僕は体に染み込んだ日本教を信じて、日本のために企業活動をしています。ここが原点なんじゃないかと思いますね。
八田:国防の最大の道具は、経済だと思います。経済力がなかったら、どんな国防もできません。私は経済発展が必要だと思います。
それから、小林さんが終始一貫しておっしゃっているように、日本は財政再建が必要です。そこで私がちょっと心配しているのは、今、安倍政権が進めようとしている「幼稚園や保育園の無償化」「大学の無償化」などの政策は、かなりばらまきの方向に向いてしまっているんじゃないかということです。
小林:確かにそうですね。
八田:政権を維持するためには、総理主導で岩盤規制を破っていくことが必要です。特に労働の規制を破ることは、自分が「爆死」してでもやるくらいの気概が大切なのに、今、何の意味もないばらまきを始めているように感じます。しかもそれは、財政再建には真っ向から反している。それはちょっと心配しているところです。
小林:安倍政権は、もうここまで勝ったんだから、あとは正義に向けた政策を実現して欲しいね。
八田:同感です。
斎藤:長時間ありがとうございました。

「人口高齢化で日本は衰退の道を歩まざるを得ない」「貿易黒字はプラスで貿易赤字はマイナス」「株主主権は企業理論の基本である」「超金融緩和は危機脱出の処方箋」「円安下の株価上昇は企業業績の改善による」――。どれも常識であり通念であるが、その背景には、長年慣れ親しんだ社会構造や制度、時には巨大な権力、あるいは、その時代の空気がある、と著者は言う。
本書では、こうした見解に敢然と挑戦する、日本を代表する一級の識者がいる。本書に登場する14人の識者だ。内容例を挙げると
●永守重信氏――株式至上主義に落とし穴
●八田達夫氏――人口減少恐るるに足らず
●吉川洋氏――人口減少ペシズムは誤り
●井堀利宏氏――年齢階層別選挙区制の導入を
●武藤敏郎氏――中福祉・中負担は幻想
●中前忠氏――超金融緩和は資本主義を破壊する
●八代尚宏氏――高齢者に変動相場制を
●小林喜光氏――国家価値を三次元で捉える
●小泉進次郎氏――人生100年時代の日本に向けて 等々
日本経済の通念に挑戦する激しさを秘めた言説の書である。
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