斎藤:大変興味深い指摘ですが、ここまで財政難が深刻化すると、財政建て直しにはやはり増税は欠かせませんね。その覚悟が政治家にはあるのでしょうか?

小林:そうですね。ポピュリズムといったらいいのでしょうか。日本の政治を振り返ると、税率が低い要因の1つには、選挙では国民にいい顔をした人が勝ち抜いてきたことがあると思います。さらに国民教育にも問題があると思います。日本では、国家というものが経済的にどのように成り立ち、国を支えるために国民一人一人がどのように貢献しなければならないか、という教育がされてきていません。その影響が非常に大きいのではないか、と私は考えています。

八田:本当におっしゃる通りだと思います。少し視点は違いますが、1960 年代、70年代に社会党がやってきたことは、とにかく減税を主張することでした。では、その減税はどのような形でやるかというと「貧しい人のために所得税の課税最低限を引き上げる」というものでした。

 実に的外れの考えです。 当時、課税最低限を1万円引き上げたら高所得者、具体的には所得税の限界税率が88%だった人は8万8000円得したんですよ。一方で、もともと課税最低限より下の人は、1銭の得もしなかったんです。しっかりした教育がされていなかったからこそ、結果的に日本は大きな税収を取り損ねていたということでもあります。

人口減少恐れるに足らず

斎藤:では、次に人口問題についてお聞きしたいと思います。八田先生は『逆説の日本経済論』の中で「人口減少恐るるに足らず」と言い切っていますね。なかなか納得しない人も多くいると思います。改めてご説明していただけますか。

八田:国が経済成長する要因は何か。一つは労働力の増加。二つ目は工場や機械などの資本の増加。三つ目は技術の進歩です。

アジア成長研究所の八田所長

 平均10%の実質成長率を維持していた60年代、人口の伸びは大体1%強しかありませんでした。経済成長率10%のうち1%が労働力の伸びで、残りの9%は資本の伸びと技術進歩だったわけです。中でも技術進歩の要因が非常に大きかった。

 生産性が上がるのは技術進歩だけではありません。生産性の低いところから高いところに資源が移るだけでも生産性は上がります。この要素が非常に大きかったのです。いわゆる、「全要素生産性(TFP:トータル・ファクター・プロダクティビティー)」(労働や資本のほか、技術革新、業務効率化、規制緩和、ブランドなどあらゆる生産要素を加味した生産性)の上昇です。

 人口が減れば、確かにその部分は経済成長の低下要因になりますが、それを補って余りある大きな資本の伸びや技術進歩があれば、経済はちゃんと成長するのです。

 そうは言っても、「人口増加率が低いところは、総じて不利になるのでは」という声が多くあります。ところがOECD加盟諸国の過去40年間の1人当たりGDPの平均成長率を縦軸に取り、人口の平均増加率を横軸に取った散布図にすると、二つの間にはまったく相関が見られないのです。

出所:OECD Health at a glance. OECD Statistical population.

斎藤:確かにそうですね。

八田:例えば、人口増加率の高いメキシコは非常に低い経済成長率を示していますし、ポーランドなどは人口増加率が低くても経済成長率が高い 。経済成長をするには、要するに資本の増加や技術進歩が非常に大事だということです。

斎藤:それでも多くの人々は直感的に「人口が増えないところは需要がなかなか増えず、経済成長は難しい」と思っています。

八田:そう、直感に反しますよね。確かに若い人が増えれば家も買うし、家電も買い、経済成長する、と思いますよね。しかし、40年くらいの期間でみれば全く関係なくなるのです。

斎藤:では、「日本の人口が減れば需要は細る」というのは俗論だと?

八田:ええ、そうです。例えば、ユニチャームは中国で紙オムツを販売していますよね。これが典型的な例です。日本国内に限らず、海外できちんと売れば済む話ではないでしょうか。

斎藤:つまり、海外にもマーケットは十分あると?

八田:そうです。国際市場は開かれているのですから、「国内に需要がない」というのは、成長の制約にならないと思います。

斎藤:人口減少ペシミズムに対し、やはり批判的な吉川洋氏(東京大学名誉教授)も、一人一人が消費する商品の付加価値を高める工夫をすれば、消費者の頭数が増えなくても需要総額は増える、と指摘されていました。

八田:だから、私は、人口減少をひたすら恐れるよりは、小林さんがテーマにしていらっしゃる「イノベーション」をどのように起こすか、あるいは、資本をどのようにして増やすか、そういったことに注力することが重要だと思います。

斎藤:確かに小林さんは「イノベーションがカギ」と、日ごろ繰り返し言っておられますね。人口が減ることについて小林さんはどう思われますか?

小林:そう、これまでの延長線上の観念にとらわれていると、人口が減れば食い扶持が減るということになり、経済は衰退するということになりかねません。いつも不思議に思っているのは、ユダヤの民は全世界で1400万人しかいません。人類の総人口70億人に対し、ユダヤ系の占める割合はたった0.2%です。ところが、ノーベル賞受賞者のうち、ユダヤ人の占める割合は23%もあります。これは1つの指標ですが、知的生産性の高さを示しているのではないでしょうか。

 日本だって、アジアの中ではノーベル賞受賞者が一番多いわけだから、知的生産性は十分高いと思います。先ほど八田先生がおっしゃった、トータル・ファクター・プロダクティビティー(全要素生産性)についても、日本は伸びていく資質があると思います。

 供給サイドから見て、すごいサービスや新しいビジネスが生まれれば生産性は上がるのです。今の時代、0から1を創るスタートアップが次々と生まれています。特にイスラエルの企業なんか、米国で上場したり、グローバルで勝負したりしています。イスラエルは、国家としては1人当たりの生産性は高くないけれど、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、アップルのスティーブ・ジョブズも、マイクロソフトのビル・ゲイツもユダヤ系です。

 ユダヤの民は2000年もの間、ディアスポラ(元の国家や民族の居住地を離れて暮らす)によって、世界中に離散してグローバル・ネットワークを構築してきました。都市部でしか生きられなかったから大学教授、金融業、政治家、医者、弁護士などの職業に就いてきた。そういう経緯で培ってきたシンジケートが世界中にあるから、ユダヤの民はネットワーク化されています。

 一方、日本は島国でずっと孤立してきました。求められるのはクリエイティビティーです。成長するためには、労働と資本に加えて技術、つまりイノベーションに支えられたトータル・ファクター・プロダクティビティー(全要素生産性)の上昇が極めて重要です。

 長く続けてきた労働慣行や規制、通念をぶっ壊すことが、時には極めて重要になると思います。それに成功すれば、「人口減少恐れるに足らず」という八田先生の論理が見事に生きてくるのではないでしょうか。

斎藤:常識や俗論を疑い、時には通念を破壊してこそ展望が開けることがあるというわけですね(後編に続きます)。

『逆説の日本経済論』(斎藤史郎編著、PHP研究所)

 「人口高齢化で日本は衰退の道を歩まざるを得ない」「貿易黒字はプラスで貿易赤字はマイナス」「株主主権は企業理論の基本である」「超金融緩和は危機脱出の処方箋」「円安下の株価上昇は企業業績の改善による」――。どれも常識であり通念であるが、その背景には、長年慣れ親しんだ社会構造や制度、時には巨大な権力、あるいは、その時代の空気がある、と著者は言う。

 本書では、こうした見解に敢然と挑戦する、日本を代表する一級の識者がいる。本書に登場する14人の識者だ。内容例を挙げると
●永守重信氏――株式至上主義に落とし穴
●八田達夫氏――人口減少恐るるに足らず
●吉川洋氏――人口減少ペシズムは誤り
●井堀利宏氏――年齢階層別選挙区制の導入を
●武藤敏郎氏――中福祉・中負担は幻想
●中前忠氏――超金融緩和は資本主義を破壊する
●八代尚宏氏――高齢者に変動相場制を
●小林喜光氏――国家価値を三次元で捉える
●小泉進次郎氏――人生100年時代の日本に向けて 等々

 日本経済の通念に挑戦する激しさを秘めた言説の書である。