英国の迷走が続いている。

 メイ英首相は、12月11日に予定されていた英国議会の採決で、前日の12月10日に急きょ採決の延期を発表した。自身がまとめてきたEU(欧州連合)との離脱合意案が大差で否決されることが確実視されていたためだ。

 不意をつかれたことに激怒した保守党議員は、メイ首相に対し党首不信任案投票を求める書簡を提出。書簡数が保守党規定である48を一気に超えたので、不信任投票は翌12月12日に実施された。

 その結果、信任票が200、不信任票が117であり、なんとかメイ首相の留任が決まり、首相の地位を確保している。ただ、想定以上の不信任票が投じられたことから、メイ首相への反対勢力は(保守党内の)3分の1以上のものであることがうかがわれ、ブレグジットを巡る保守党内の深い断絶が強調された。

 こうした経緯の最中に出されたイングランド銀行(中央銀行)の経済予測が話題となっている。2019年3月29日に「無秩序離脱」になった場合、19年末にかけて実質国内総生産(GDP)が最大8%落ち込むと予測した。ブレグジットで金融危機は来るのか。大和総研ロンドンリサーチセンター長の菅野泰夫氏に英中銀のレポートに対する評価と、今後の離脱交渉の見通しを聞いた。

(聞き手は大西孝弘)

12月11日の議会採決の前に、イングランド銀行(中央銀行)が、ブレグジットが英国経済に与える影響をまとめた報告書を公表しました。これは2019年3月29日に「無秩序離脱」になった場合、19年末にかけて実質国内総生産(GDP)が最大8%落ち込むなど、金融危機とも言える予測を示しました。どのように評価していますか。

菅野泰夫氏(以下、菅野):いたずらに恐怖を煽るような内容で、金融業界では非常に評判が悪い報告書です。英中銀の分析によれば、英国がEUから合意なき離脱をした場合、大規模な景気後退を招き、2008年の金融危機の時よりもひどい結果になると予測しています。特に英中銀が示したワーストシナリオでは、GDPは2019年には最大で8%縮小し、金融資産は投げ売りされ、住宅価格は3割近く下落し、ポンドの価値はさらに約25%下落する恐れがあるとしています。

イングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁。ブレグジットによる英国経済への影響をまとめた報告書を発表した(写真:ロイター/アフロ)
イングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁。ブレグジットによる英国経済への影響をまとめた報告書を発表した(写真:ロイター/アフロ)

 これは、2年前のEU離脱の是非をめぐる国民投票前の流れに似ています。その際には財務省が離脱による金融危機発生のシナリオを作りました。離脱によるリスクを強調する、いわゆる「恐怖キャンペーン」のひとつでしたが、世論に大きな影響を与えたとは言い難く、国民の考えは変わりませんでした。むしろ金融業界は、政策誘導で極端なシナリオを発表した財務省に不信感を持ちました。

 恐怖キャンペーンはむしろ逆効果で、残留派敗因の1つです。中銀のシナリオは、財務省が2年前に発表したよりも厳しい内容です。しかも、政府から独立した立場をとっているはずの中銀が、政府の意向を後押しするように、ブレグジットによる経済への影響として、極端に悪いシナリオを出しました。英金融街シティのエコノミストは、がっかりしているのが本音だと思います。

 中銀の悲観的な見方は、センタンス元英中銀政策委員などシティのエコノミストのみならず、ノーベル経済学賞を受賞した米国のクルーグマン教授など、権威があるエコノミストからも度が過ぎるとして批判を受けています。

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