このヘアドライヤーの「Supersonic」も、300以上のプロトタイプ(試作品)を試し尽くした末に生まれました。製品を形にするために、いくつものアイデアが生まれましたが、そのほとんどは、最後まで日の目を見ませんでした。同様に、いま開発中の製品だって、すべてが形になるわけではありません。

生まれたアイデアは決して死なない

 しかし、我々はアイデアが不採用になっても、それを決して捨てません。「今回はたまたまタイミングがよくなかっただけ」と考え、次のタイミングまで寝かせるのです。こういった作業を、エンジニア一人ひとりが日々繰り返しています。それを20年以上続けることで、「失敗を許容する文化」が育まれてきました。だから、若いエンジニアも、難しい課題に思いっきりチャレンジします。

 最後のポイントは、あきらめずに執着する文化を育むことです。失敗を許容する一方で、失敗したあとも、自分の成し遂げたい目標を達成すべく愚直に努力し続けることを奨励しています。先に、ダイソンで生まれたアイデアは決して捨てられることはないと言いました。本当にそれは事実で、製品の中には、長い時間を経て、ようやく製品化されたものも少なくありません。

 例えば、我々のパワフルな家電製品の原動力となっている小型モーターは、自社で開発しました。これが形になるまで、18年かかりました。ロボット型掃除機のアイデアも2006年頃には形にできそうでしたが、タイミングが早すぎると判断して当時は製品化を見送りました。日の目を見たのは、それから9年経った2015年です。

 面白いのは、アイデアはデータベースで管理しているわけではなく、常にエンジニアの頭の中にしまわれている点です。それが、ある議論をきっかけに突然、“エンジニアの元に降ってくる”。だから、ダイソンは今でもエンジニア同士の議論やコミュニケーションを大切にします。

確かに、いずれの要素もイノベーションを生む組織に不可欠な気がしますが、一方で、ダイソンだからこうした要素を実現できる、というものはありますか?

コンツ:我々がこうした経営を実現できるのは、我が社が非上場のオーナー企業であることが大きいと思います。仮に上場していれば、株主の要求に耳を傾けないといけません。革新を生む組織作りと、投資家が求める短期的な利益とがどうつながるのか、説明しなければならない場面も出てくるでしょう。より具体的に言えば、「こうした職場環境は、ムダも多く、非効率的なのではないか」と。

 しかし、イノベーションを生む組織を構築したいのであれば、どの企業も遠からず、我々と同じ答えにいきつくのではないでしょうか。それを投資家に理解してもらうことも、経営者の大きな仕事の1つだと思います。

ダイソンのエンジニアには、課題を見つけることの重要性を繰り返しているそうですね。

コンツ:ダイソンの製品開発は、常に課題発見から出発します。エンジニアは、身の回りの製品に、決して満足してはいけないんです(笑)。何か不満はないか、問題の本質を探すよう常に言っています。

 慣れてくると、あらゆる製品が不満だらけのものになってきます(笑)。そこから始めて、課題を解決する方法を考える作業が始まります。ここで大切なのは、課題設定の重要性です。問いの立て方を誤ると、出来上がる製品が随分と違ったものになってしまいます。

 例えば、我々が2009年に発売した扇風機「Air Multiplier」。製品開発にあたって立てた問いは、「高品質の扇風機の開発」ではなく、「心地よい送風体験を得る製品の開発」でした。もし高品質の扇風機と設定していれば、たしかに素晴らしい扇風機が生まれていたと思いますが、デザインは相変わらずブレードがついた、あの形だったでしょう。

日本は貴重な課題先進国

 Supersonicも同じです。40年以上変わっていないヘアドライヤーの問題は何か。あらゆる関係者の声を拾い、ヘアドライヤーとは何かを再定義してみました。

 日本市場は課題の宝庫ですよ。例えば、最新スティック型掃除機のクリーナーヘッド「Fluffy(フラッフィ)」は、日本のユーザーの声から生まれたものです。「畳の目に入り込んだゴミを取りにくい」という課題に応えるための試行錯誤を経て、このヘッドが生まれました。

 もちろん、このヘッドは他国の市場でも好評です。日本は、ダイソンにとって貴重な「課題先進国」です。

 さらに、課題を発見する上で大切なのは、すべて自分たちで試してみることです。

 ダイソンの本社には、開発から完成後の製品検証まで、必要な設備をすべて自前で用意しています。これは、秘密を保持するためという理由に加えて、すべてのプロセスを自分たちが経験することで、その仕組みを理解することができるようになるからです。

IoT(モノのインターネット)時代が到来し、ハードウエアだけでなく、それらをつなぐソフトウエアの重要性も高まっています。ダイソンも無縁ではいられないと思います。これにはどう対応しますか?

コンツ:我々の事業環境はどんどん変わっています。5年前、ダイソンの販売高の約8割を掃除機が占めていました。しかし今年は、約8割が掃除機以外の製品になりました。

 ソフトウエアの比重が今後高まっていくのは間違いないでしょう。例えば、ロボット掃除機の「Dyson360 Eye」はハードだけでなく、ソフトがカギを握ります。それ以外の家電製品も、スマートフォンとの連携などを始めています。

 変化に対応するために、ソフトウエアのエンジニアを今後さらに増やしていきます。既に、100人ほどのエンジニアを増員すると決めました。今後はスマホのアプリ分野に強いスタートアップなどとの連携も増やしていく考えです。

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