三井物産が出資した米サベージ・リバーが開発したパティ「ザ・ビヨンド・バーガー」を使ったハンバーガー(イメージ画像)
米国の高級スーパー、ホールフーズ・マーケットの精肉売り場で、人気を集めている商品がある。鶏肉でも豚肉でも、牛肉でもない、「植物肉」とでも表現できそうな、植物性タンパク質で作られたハンバーガー用の“パティ”だ。
この「ザ・ビヨンド・バーガー(THE BEYOND BURGER)」という商品を開発・製造しているのは、米ロサンゼルスに本社を置くサべージ・リバーというベンチャー企業。2011年に創業し、「ビヨンド・ミート(BEYOND MEAT)」というブランドで、植物性タンパク質で作った「肉」の代替商品を展開している。
これまでも大豆やエンドウ豆などを原料に、鶏肉や牛肉を代替する食材を作り、それを使った冷凍食品を販売してきた。これらの商品は主に、健康志向や環境意識の高い顧客などを相手にした「Alternative Protein(代替タンパク質)」というカテゴリーの売り場で販売されてきた。
一方、「ザ・ビヨンド・バーガー」は同社初の生鮮食品として、精肉売り場で展開している。価格は2枚のパティが入ったパッケージで5.99ドル(約680円)。今年5月からホールフーズで販売を始め、これまで西海岸を中心に取扱店舗は約100店舗まで増えており、今年中には全米にあるホールフーズの主要270店舗まで拡大する見込みだ。一部の店舗では1日250個を売り上げるほどのヒット商品になっているという。
今年10月、サベージ・リバーは「シリーズF」の資金調達を実施し、米食肉大手タイソン・フーズが出資した。日本からは三井物産が11月に出資を完了。出資額や出資比率は非公表だが、三井物産の出資比率は2%程度の模様だ。これまでの出資者は主にベンチャーキャピタルだったことを考えれば、米国の大手企業による出資で、いよいよ事業の拡大期に差し掛かったとも言えそうだ。
2050年、人類のタンパク質需要は現在の約2倍になる
欧米では健康志向や環境意識、さらには動物愛護などの観点から、肉を食べない消費者が増えている。「特に米国のミレニアル世代(1980〜2000年生まれ)にとって、健康や食の安全、環境負荷の低減、食料資源の確保、動物愛護は、商品を選択する際の重要な判断軸になっており、こうした商品にはプレミアムを払ってくれる」(三井物産のニュートリション・アグリカルチャー本部フードサイエンス第二事業室の戸谷友紀マネージャー)。
2050年には、人類のタンパク質需要は現在の約2倍に増えると言われており、そのすべてを動物性タンパク質で賄うのはほぼ不可能とされる。三井物産では、その頃には植物性タンパク質が需要の半分近くを賄うようになるとみており、「未来の食料資源として出資を決めた」(三井物産の小西波也人・フードサイエンス第二事業室長)。
ビヨンド・バーガーは、見た目は従来からあるハンバーガーのパティそのものだ。とはいえ、その味は食べてみなければ分からない。この度、三井物産のキッチンで、試食する機会を得た。
ビヨンド・バーガーを焼く(1)
ビヨンド・バーガーのパティを鉄板で焼くと…
まず、パッケージから取り出して、鉄板で焼く。十分に熱した鉄板にパティを乗せると、本物の肉と同様に「ジュー」っといい音がする。ほどなくして、パティから油が染み出してきた。鉄板に接しているパティの表面には徐々に焼き色がついていっている様子だ。
ビヨンド・バーガーを焼く(2)
パティをひっくり返すと焼き色がしっかりとついている
パティを焼いていると、微かに肉を焼いたときのような香りが漂ってくる。しかし、本物の肉を焼いているときと比べると、香りは弱いようだ。推奨されている焼き時間は片面3分。ヘラでひっくり返すと、表面にはいい焼き色がついていた。
その後、バンズにレタス、トマト、焼いたパティを乗せてケチャップ、マスタードを付けて、ハンバーガーにして食べた。ひと口目の印象は、ふつうに美味しい。「本物の肉ではない」と聞いていなければ、これが植物性タンパク質だけで作った代替肉ということには気が付かないだろう。
「本物の肉」と比べるとあっさりしてる
とはいえ、あえて意識してふた口目を食べてみると、肉と比べるとあっさりとしている。肉特有の濃厚さや臭みといったものが少ない。また、食感も通常のハンバーガーチェーンのパティと比べると、歯ごたえが弱いような印象を受けた。パティの表面には焼き色がついているが、中は赤みがかっている。焼き具合の見た目はミディアムといったところだろうか。明らかにヘルシーな印象に仕上がっていて、本物の肉のハンバーガーほどのパンチはない。
ちなみに、あくまでこれは記者の主観であり、食の好みにはバイアスがかかっている。そのため、好みのハンバーガーの味を示しておくと、マクドナルでは基本的にビッグマックを、バーガーキングではワッパーチーズを注文する。記者はミレニアル世代ではない。試食したのは夕方4時半頃。ちょうど空腹を感じ始めていた。
ビヨンド・バーガーのこのような味の特徴は、その成分と製造方法から来るという。まず、タンパク質はエンドウ豆から抽出。そこに、肉汁の代わりに、圧搾キャノーラ油や精製ココナッツオイル、サンフラワーを追加。鉄板で焼いたときに染み出した油は、これらの「代替肉汁」だ。
ひき肉の食感に近づけるため、アラビアガム(アラビアゴムから抽出した食物繊維)や竹セルロース、ジャガイモのデンプンなどを足し、肉の赤味を出すために、赤カブの色素やアナトー色素(ベニノキの種から抽出)で着色する。風味や香りを出すために、酵母エキスや天然フレーバーなどを使っている。これらの成分は全て植物由来のものだ。若干弱めの食感や風味、焼いてもパティの中が赤みがかっているのは、こうした成分の特徴による。
さらに、これらの成分の選び方や混ぜ方にもノウハウがあるという。まず、肉の分子構造を分析し、その構造を再現するために適した成分と混ぜ方を開発しているという。「成形機はノウハウの塊」と三井物産の小西氏は話す。
こうした作り方により、1つのパティから摂取できるタンパク質の量は20g、カロリーは290カロリーと、一般的なパティとほぼ変わらない。一方、コレステロールはゼロで、グルテンフリー、遺伝子組み換え作物(GMO)も使っていない。健康志向の消費者に訴求しながら、しっかり栄養も取れるように配慮している。
米国には肉の代替として植物性タンパク質を使った食品は少なくない。だが、ビヨンド・バーガーを開発したサベージ・リバーは、技術力や商品コンセプトなどの面で投資家や既存の食品関連企業から注目を集めている。
三井物産は昨年、「植物で作った卵」にも出資
創業者で共同CEO(最高経営責任者)のイーサン・ブラウン氏は、もともとは燃料電池を取り扱う新エネルギー関連の会社で働いていたが、動物愛護の観点から代替タンパク質の事業に着目し、サベージ・リバーを創業した。現在の主要株主には、先に挙げたタイソン・フーズのほか、米アマゾンなどへの投資実績があるクレイナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイアーズ(KPCB)や米ツイッターの創業者が運営するオブビアス・ベンチャーズなど著名ベンチャーキャピタル、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ夫妻が運営するビル&メリンダ・ゲイツ財団、米食品メーカー大手ゼネラル・ミルズや米国動物愛護協会が名を連ねる。
同社の取締役には、フェアトレードで調達した原料の使用などにこだわるオネスト・ティー(米コカ・コーラ傘下)を創業したセス・ゴールドマン氏や、米マクドナルド前CEOのドン・トンプソン氏ら、食品業界の大物が就任している。それだけ、植物性タンパク質による代替肉の市場が有望視されているということだろう。
今回、出資を決断した三井物産も、植物性タンパク質の市場に期待をかけている。昨年には、植物性タンパク質で卵を代替する商品を開発しているベンチャー企業、米ハンプトン・クリークに出資した。ハンプトン・クリークはマヨネーズのほか、クッキーやパンケーキの生地などを開発し、ホールフーズなど健康志向の顧客を多く持つスーパーだけではなく、米ウォルマート・ストアーズにも販路を広げている。
米ハンプトン・クリークが販売している植物性タンパク質を原料としたマヨネーズ
「サベージ・リバーは今後、ステーキやベーコンを代替する商品も開発するとしている。市場動向を見ながら、いずれ日本での展開も考えていきたい」と三井物産の小西氏。日本でも糖質制限ダイエットがブームになるなど、健康志向は高まる一方だ。糖質を制限した分、ステーキなどの肉をより多く食べることで必要なカロリーを摂取しようという人も少なくない。ただ、タンパク質の生産効率で穀物と牛肉を比べると、牛肉は穀物より10倍以上効率が悪い(三井物産調べ)。日本でも「肉食」がもたらす環境負荷への懸念が今後、高まらないとは言いきれず、こうした植物性タンパク質の需要は将来的には増えていく可能性はありそうだ。
■訂正履歴
本文中で、サベージ・リバーの資金調達「シリーズF」でゼネラル・ミルズと米国動物愛護協会が出資したと記述していましたが、それ以前に出資をしていました。また、本件の出資を担当したのは、米国三井物産でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/12/7 14:40]
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