電通の若手女性社員が過労自殺したことをめぐって、ビジネスパーソンの「働き方改革」に関する議論が連日過熱している。一方で、日本最大級のインターネットポータルサイトを運営するヤフージャパンは「週休3日制」の導入を検討し始めるなど、企業には、多様な働き方ができる環境の整備が求められている。
働きやすい職場環境の整備は、従業員の士気を高めるだけでなく、優秀な人材の確保にもつながる。しかし、一般企業において、ヤフーのように週休3日制を導入するとなると、ハードルはかなり高いだろう。一般的な週の労働日数を5日とすれば、1日が休みになるだけで、労働時間は単純計算で2割減ることになる。人的リソースに限りがあるうえ、新たに人を取る余力に乏しい企業からすると、導入は困難だ。
ヤフーの取り組みはとても面白いが、導入できる可能性が一部の企業に限られてしまいそうだ。もっと広く一般的な企業にも導入が可能な制度はないか。
その答えの一つとなりそうな、独特な取り組みをしている企業がある。インターネット広告事業やアプリの開発を手掛けるユナイテッドだ。
月に一度だけ「週休2.5日」
創業は1998年、旧母体であるネットエイジが誕生し、その後合併などを経てモーションビートに社名を変更。同社が2012年にスパイアと合併して現行のユナイテッドへ社名変更した。従業員は単体で約200人(グループ全体では328人)。スマホアプリ開発など、急成長する分野の事業を抱えており、従業員数は1年で1.3倍と急増している。
そんなユナイテッドが昨年始めた制度が「金曜どうしよう?」だ。人気のテレビ番組のタイトルをもじっており、一見するとふざけた感じもする制度だが、内容は真面目。この制度、月に一度だけ金曜日の午後が半休、懐かしい言葉で表すなら「半ドン」になるというものだ。午後からの休みに何をしよう。そういった高揚感も感じられる制度名だ。毎月第3金曜日が「金どう」の日だ。昨年の5月に導入を開始して1年半が経過しているという。
月に一度は金曜日が午前まで、午後は何をしようが個人の自由だ
(写真:北山宏一)
月に一度、金曜日の午後を活用するという案は、日本全体に広まる可能性がある。経済産業省や日本経団連が掲げる「プレミアムフライデー構想」がそれだ。この構想は、毎月最終週の金曜日は午後3時に仕事を終えて街にくり出し、買い物をしたり食事を楽しんだりしようというものだ。2017年2月からの導入が検討されている。消費にプラスに働くという意見がある一方で、定時より早く退社することで前後の仕事量が増えるといった意見もある。
賛否両論あるこの制度だが、ユナイテッドは退社時間が午後3時よりも早い正午。しかも、既に導入から1年半が経過しているため、どのようなメリット、デメリットがあるのか分かりやすい。実際に社員はどう働き、この制度に何を感じているのか。「金どう」の当日、同社を訪ねてみた。
筆者とカメラマンは午前11時半にユナイテッドに到着。オフィスでは、午前中に仕事を切り上げるべく、同社の従業員が黙々と働いていた。
当日の“定時”に当たる正午が近づくにつれ、オフィス内の空気が少し変わってきた。週内の仕事を昼までに終えなければならないため、上司の承認が必要な案件や、取引先への連絡など慌ただしさが垣間見える。
そして迎えた正午。執行役員でもある現場の長が、自身のカバンを手にいそいそと自席を後にした。トップが率先して早く帰る。上司が先に帰ると、部下も早く帰りやすい。働き方の制度を作っても、なかなか現場で活用されない企業が少なくないのは、こうしたトップの行動が左右していることが多い。
トップが帰れば堰を切ったようにみんなが帰るはず!と思ったが、意外にみなさん帰らない。事前に取材や撮影が入る現場の人たちには伝えていたものの、「取材に合わせて従業員に帰るよう会社から指示を出さないでください」と先方の担当者に伝えていた。
その効果がありすぎたのか、意外にみんな帰らない。みなさん本当にマイペース。大勢がワッと退社するシーンなんぞ撮りたいものだったが、願いは叶わず。同伴したカメラマンも渋い表情を見せる。
だが、10分、15と経過すると一人、また一人と席を立つ人が出てきた。定時である正午を過ぎて1時間ほどで、半分ほどの従業員が会社を後にした。残りの半分は帰らない。どうしたものかと担当者に聞くと、「営業部署なので、2つの班に分けて当番制で『金どう』を取っている」とのこと。なるほど。取引先は通常に仕事をしているわけで、すべてがユナイテッドに合わせてくれるわけではない。社外からの問い合わせなどへの対応もあるため、半分ずつずらして取得しているのだ。ヤラセがなく、リアルな現場を見ることができた。
平日だからできることを満喫
月に一度の金曜半ドン。みなさんどのように過ごしたのかを聞いてみる。
「歯医者と病院を予約した」
「美容室とネイルで自分磨き」
「趣味の草野球で使う打撃用手袋を買いに」
「平日で宿泊料が安い金曜から旅行に」
「市役所や銀行など、働いていると行きづらい機関をまとめて訪問」
「予約がしづらい料理店に、早い時間から行く」
実にバラエティーに富んだ回答が返ってきた。
平日の半日を休みにするだけで、これだけ楽しめることがあるのかと感心してしまった。半ドンを金曜に設定したことで、休みが土日と連結。普段はできないことを思いっきり楽しめる時間を創り出している。
とてもユニークなこの制度、どのような経緯で導入したのだろうか。担当であるコーポレートカルチャー本部の井上怜副本部長に聞いた。
導入のきっかけを教えてください。
井上怜氏(以下、井上):目的は従業員一人ひとりの生産性を高め、創造性を向上させることにあります。それぞれが掲げるビジョンを実現させるためには、ONとOFFの切り替えをしっかりできる体制が必要と考えていました。そのためには働き方を変える必要がある。
「金どう」の前には、水曜日を「ノー残業デー」にしていました。ただ、もう一段階の働き方を変えるプロジェクトが必要だと感じたのです。そこで昨年3月頃に「金どう」の案が出て、5月から開始しました。
発案から2カ月後にはもう制度が始まっていることに驚きました。
井上:こうした人事制度を考えるコーポレートカルチャー本部の本部長は、当社の会長CEOが兼務しています。大きな会社ではないこともあり、会長も議論に加わり物事がスムーズに決まっていきました。
月に一度の半ドンとはいえ、制度の導入に社内外から戸惑いの声などはなかったのでしょうか。
井上:社内からはポジティブな声が多かった。ですが、取引先の対応など、社内だけでは解決できない問題もあります。そこに不安を感じていた従業員はいました。
ですが、営業担当者は2つのチームに分けて、2週目と3週目にずらして「金どう」を実施することで対応できています。開始から1年半を経て、みんな活用の仕方を自分なりに体得している。
休みは増えたが、全体の業務効率は上昇
営業職以外の人など、社内でこの制度によって混乱はなかったのでしょうか。
井上:特にないと思います。現場のトップが「金どう」の週の月曜の朝礼で「今週は『金どう』の週だから、しっかりとエンジン全開でいきましょう!」などとアナウンスし、それぞれリーダーがメンバーに伝えて周知徹底しています。そうすることで、メンバー個人の働き方、動き方が変わってきました。
どのように変わってきたのでしょう。
井上:「金どう」を導入することで、2つの意識が芽生えたと思います。1つは、せっかくの半休をどう活用するかという意識。「来月は何をしようか」と考えるだけでも楽しい。そうなると、仕事にも前向きになってくれるでしょう。もう1つは、それに向けてこの一週間の働き方をどうするかを考える意識。これが芽生え、根付きつつあります。
時間の使い方が変わってきたということですが、月に一度の半休とはいえ、全体的な生産性は落ちていないのでしょうか。
井上:むしろ上がったように感じます。月に一度、ここが半休だと分かっているわけです。それに向けてどう仕事を組み立てて、こなしていくのかを個人で考えるようになる。前倒しで物事を考えられるようになれば、月に一度の半休に向けてだけでなく、日ごろからの業務効率の向上にもつながるからです。
そして、「金どう」の日に何を実行するか。たかが半休ですが、活用の仕方によって得られる結果は大きく変わってきます。例えば、都心から少し距離のあるアウトレットモールへ買い物に行くとしましょう。土日ですと車が渋滞してしまって丸一日をつぶしてしまうこともある。ですが、平日だと混雑が少なく、やりたいことが半日で終えられる場合が多い。そうすると、次の土曜日を丸一日、別のことに使えるようになる。自分への投資、あるいは家族との団らん時間の創出などに活用できます。これは大きい。
旅行に行く場合など、土日に比べて宿代や飛行機代が安く済むので、浮いたお金で美味しいものを食べたり、お土産を買ったりすることができる。こうしたプラスがあるからこそ、みんなが積極的に制度を活用しているのだと思います。
「金どう」は強制なのですか?どうしても働かなければならない場合など、振り替えはあるのでしょうか。
井上:「金どう」は強制ではありません。あくまで権利です。午後を休もうが、働こうがそれは個人の自由です。当社は裁量労働制ということもあり、ここで休んだ分をどこか別の日に残業しなければならないということはありません。その代わり、振り替えもないです。会社として制度は用意しますし、それが使われるような仕組みは担保します。ただ、使うかどうかは個人の自由。そこまでをがちがちに固めてしまうと、制度はまた使い勝手が悪くなってしまいます。使わない自由を認めることも重要だと思いますね。
制度を作っても、使われなければ意味はない。制度がビジネスパーソンにとって大きな負担となっても、本来の目的とかけ離れてしまうことになる。
そういう意味では、月に一度の週休2.5日はそこまで無理が生じない制度だと記者は感じた。プレミアムフライデー構想はビジネスパーソンにとってプラスに働くかもしれない。ただ、全員が同じ日に休むと、結局お店が混雑したり役所が休んでしまったりするわけで、平日に半休を取ることで得られるメリットが薄くなり、お得感は減ることになる。
みんなが一律に休むことを国や業界団体が呼びかける方が、制度として浸透はするだろう。だが、企業が受動的な対応をするだけでは、本質的な狙いが従業員に伝わりにくい。制度に魂を吹き込むのはやはり、個社の経営者や幹部の考えと行動力だ。「経産省が推奨するから」「経団連に加盟しているから」ではなく、能動的に、従業員のことを考えて制度を作る方が導入して得られる効果は高くなるだろう。ユナイテッドの事例は、まさにそれを教えてくれている。
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「旧母体であるネットエイジが誕生して、その後IT関連企業を3社吸収合併して2012年に現在の社名に変更した」を
「旧母体であるネットエイジが誕生し、その後合併などを経てモーションビートに社名を変更。同社が2012年にスパイアと合併して現行のユナイテッドへ社名変更した」
に変更いたしました。 [2016/12/02 15:15]
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