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「移転はありえない」との声も

 現地では楽観論も聞かれた。50代で工場勤務の男性はこう断言した。「ゴーン? 彼は悪いのかもしれないが、我々には関係がない。ブレグジットで移転の可能性? 何年ここでクルマを作っているか知っているか。30年だぞ。サプライヤーだけじゃなくて物流の人や港湾の関係者だってたくさんいる。移転なんてありえない」。

 確かにサンダーランド工場は幾多の試練を生き抜いてきた。2000年にはポンド高で英国で米ゼネラル・モーターズと米フォード・モーターが主要工場での生産打ち切りを決定した。日産も閉鎖を示唆していたが、当時社長だったゴーン氏がブレア英首相と会談。将来の生産などへの懸念を伝え、最終的には英政府から支援を引き出し、生産を継続した。その後も、生産車種を変えながら、徐々に生産台数を伸ばしている。

 ゴーン氏は当時、日本では工場閉鎖やサプライヤーの絞り込みで、コストカッターと恐れられる一方、英国では政府から支援を引き出し、増産を決めていた。日産の社長に就任したばかりのゴーン氏にとって、英国での成功体験はその後の経営の大きな糧になっていたと思われる。

 日産はサンダーランド工場で今後、人気の高いSUV「エクストレイル」の次期モデルを生産する計画もある。こうした取り組みで、将来的に生産台数は年間60万台に達するとの予想もある。

 工場周辺のレストランマネージャーは、「今さら出て行くことはないでしょう。この辺りでは従業員が集まってくることを見越して、新しい家もたくさん建てようとしているよ。ゴーンがいなくなって日本人が日産のトップになっても、日本人はクレバーだから大丈夫だよ」と、諭すように話した。

 サプライヤーの従業員は「ルノー向けの仕事をしていないからウチは関係ないけど、両社に納めているサプライヤーは、なんらかの影響が出そうだね」と語った。

 しばらく工場周辺で話を聞いていると警備員が寄って来た。「お前は日本のジャーナリストか。ここで従業員に話を聞くな。出ていけ」。声をかけた従業員の誰かが、警備員に伝えたらしい。

サンダーランド工場の駐車場は、多くの従業員のクルマで埋まる

 11月26日の英国議会で、メイ首相は自動車業界への影響を気にしていないかと野党議員から聞かれた。批判には慣れているはずの首相はやや気色ばみ、こう応じた。「英国はこれまで長い間、自動車産業を大事にしてきた。たくさんの事例を挙げることができる」

 しかし既に綻びの芽が出てきている。英国で小型車「ミニ」を生産する独BMWのハラルト・クリューガー社長は10月のパリモーターショーで、英国が合意なくEUから離脱した場合は、ミニの生産の一部をオランダに移す考えを明らかにした。

 また、パリモーターショーで当時、日産会長だったゴーン氏と、独ダイムラーのディーター・ツェッチェ社長が共同で記者会見を開くと、ブレグジットに関する質問が多く飛んだ。ツェッチェ社長は、「工場は英国にないが、英国製の部品を使っている。万一の検討を既に始めた」と答えた。ゴーン氏は「最悪に備えている」と語るにとどめたが、日産が英国工場の縮小を打ち出したとしたら、それこそ英政権にとっては大きな打撃になる。

日産と独ダイムラーの提携もゴーン氏によるところが大きい