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地元の女性は、悲痛な訴え

 だがゴーン氏がいなくなると、日産はサンダーランド工場の位置づけを見直し、生産分を減らしかねないとの懸念がある。背景には日産の欧州事業の不調がある。18年3月期の販売台数は前期比3%減だったが、今期は落ち込みが激しく、18年4~9月期は前年同期比12%減となっている。

 欧州、日本、北米とアジアの主要地域のうち、欧州は最も利益が出ていない。17年3月期は営業赤字で、18年3月期は営業黒字に転換したものの、18年4~9月期は再び営業赤字に転落している。既に欧州で5~10%の人員を削減するとの報道があった。

 フィッチ・ソリューションズのアナリスト、アンナ・バイデン氏は「新しいリーダーはサンダーランドへのアプローチを変えるかもしれない」と指摘する。

 周辺地域に住む住民も日産の行方を心配している。サンダーランド工場の周辺に住む30代女性のフローレンスさんは心配を隠さない。

 「私が住んでいるところは既に失業率が高く、英国の中で最も貧しい地域の一つ。日産はサプライヤーなど関係者を含めるとおよそ3万人を雇用していて、私たちは日産の地元経済への投資にかなり依存している。日産が出て行ってしまったら働き先がなくなり、失業率が高まり、治安が悪くなる」

芸術家であるフローレンスさんは、ブレグジットによって日産が英国を離れる懸念を描いた
 

 実は、2016年6月のEU離脱を問う国民投票でも、サンダーランドの動向は大きな注目を集めた。ロンドン在住者や経済界は残留を疑う人は非常に少ない状況のなか、開票速報でサンダーランドで離脱票が多いとの速報が流れると、緊張感が一気に高まったという。ロンドン在住のメディア関係者はこう振り返る。「離脱は製造業にマイナスになるから、日産があるサンダーランドではみんなが残留だと思っていた。離脱の速報が流れた時は正直青ざめた」。

 フローレンスさんは心配が高じて、10月20日にロンドンで開催されたブレグジットに対する大規模デモに参加した。電車を乗り継ぎ、片道6時間以上もかけて駆けつけたという。「地域のことを考えたら、絶対に残留がいい。政府にはぜひもう一度国民投票を実施してほしい」と、自作の横断幕を持って訴える。

 10月にはサンダーランド工場の従業員の賃金改定交渉を延期するとの報道があった。通常は秋に翌年以降の賃金交渉を終結しているが、ブレグジットの交渉を見極めるとの理由から年明けまで延期しているようだ。こうした状況もフローレンスさんの不安の種となっている。

 サンダーランド中心部近くの飲食店で働く50代の女性は、国民投票では離脱に投じたが、今だったら残留に投票するという。「国民投票の時は、こんなに離脱が大変だとは知らなかった。この2年間の報道を見て、考えが変わった」。

 このように離脱への投票を後悔することを、英国では「ブリグレット」と呼んでいる。まさにそうした人が多い可能性がある場所なのだ。先の女性は「今、投票をしたら確実に残留が多くなると思う」と語った。

 サンダーランドには日産の他に、建機大手の米キャタピラーや独リープヘルなどの工場がある。いずれも人手が必要な工場で、製造業で町が支えられているのが分かる。その中でも日産の従業員は約7000人と、その存在感は突出している。

 サンダーランド工場は主要部品を欧州から輸入する比率が高いため、サンダーランド市は工場周辺に広大な敷地を用意し、サプライヤーを誘致する構想をぶち上げている。日産の工場に匹敵する規模の雇用創出に期待している。

サンダーランド工場に近いニューカッスル空港に着くと、日産車を製造している同地域の宣伝が目に飛び込んでくる