11月23日、日産自動車にとって欧州最大の生産拠点であるサンダーランド工場に向かった。英国東北部にあるニューカッスル空港からクルマを40分ほど走らせると、巨大な工場が見えてくる。
同工場は約7000人の従業員が、多目的スポーツ車(SUV)「キャシュカイ」などを年間約50万台生産し、うち8割を欧州諸国などに輸出している。昼間は人の出入りが少なかったが、午後3時くらいになると勤務を終えた従業員たちが足早に駐車場に向かい、家路につこうとする。
サンダーランド工場は今、2つのショックに揺れている。一つは日産会長だったカルロス・ゴーン氏の逮捕と解任だ。ゴーン氏は金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)の疑いで、東京・小菅の東京拘置所に勾留されている。もう一つは英国のEU離脱(ブレグジット)だ。この2つはサンダーランド工場にとって、決して無関係ではない。

ゴーン氏に近い関係者は証言する。「ゴシップ誌などの情報まで耳に入れるように指示するなど、以前からゴーンさんは世間からの見られ方を非常に気にしていた。報酬額を減額して記載していたとしたら、その点は一貫しているようだ」。英国工場の従業員は、ゴーン氏の逮捕と会長解任をどのように見ているのか。
「ゴーンにはいい印象があったので驚いた。ただ、報道を見ているとひどいよね」(40代男性)。答えたくないのか、ゴーン氏のことをよく知らないと言う従業員もいた。
英国のEU離脱については11月25日、緊急のEU首脳会議で離脱協定案と政治宣言案が承認された。しかし、英国にとって不利な協定案だとして、英国議会が否決する可能性が高まっている。その場合は、離脱条件などで合意することなく無秩序に英国がEUから離脱し、今は不要な通関手続きや関税が生じる事態になりかねない。
これはサンダーランド工場にとって最悪のシナリオだ。同工場は多くの部品を欧州各国から調達している。通関手続きや関税の導入は物流を遅延させ、生産コストの上昇を招いてしまうからだ。
「ブレグジットの動向を気にしている。この工場でもリストラされた人がいる。生産縮小にでもなったら本当に困る」(50代男性)

日産だけでなく、英国にとってもサンダーランド工場の重要度は高い。トヨタ自動車やホンダ、独BMW、英ジャガー・ランドローバーなどが英国内に製造拠点を構えている。2008年のリーマン・ショック後は年間の生産台数が100万台程度に落ち込んだが、2017年には170万台ほどに回復している。その中でも日産のサンダーランド工場が最大で、英国の自動車工場の象徴と言っていい。
11月19日に、英主要経済団体の英産業連盟(CBI)が開催した年次総会に登壇したメイ英首相は、自動車の生産台数を増やしている具体例として、真っ先にサンダーランド工場の名前を挙げた。そして「直接的、間接的に多くの雇用を生み出し、地元経済の中心だ」と述べた。
その英政府とゴーン氏のつながりは深い。20年近く日産を率いてきた間に、時の英首相とは軒並み面会している。2006年には当時のブレア首相がサンダーランド工場を訪問し、ゴーン氏と共に英国日産の輸出300万台の達成を祝っている。
ゴーン氏は英国がEU離脱を決めた後、16年10月にメイ英首相と会い、EU離脱が英国での生産に影響が及ばないような配慮を求めた。英政府からEU離脱後にもサンダーランド工場の競争力を維持することを取り付け、同工場で主力のSUVの次期モデルの生産を継続することを発表した経緯がある。そのため、離脱後も工場の位置付けは変えないとの見通しがあった。
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