メイ首相の早期辞任は不可避に

逆にEUからすると、今回の協定案は受け入れやすいものですね。

菅野:はい。離脱協定に対するEU側の承認には以下のような手続きが必要になります。まずEU理事会が特定多数決方式(QMV)により、EU加盟27カ国の55%以上、かつその人口がEU人口の65%以上であることを満たす二重多数決にて協定案を巡る合意内容の承認を行います。その後、交渉がまとまると欧州議会が多数決によって離脱協定案を承認します。今回の合意案はEU側に有利ですので、おそらく承認すると思います。

 EUは英国から少なくとも390億ポンド(約5兆6000億円)とされる「手切れ金」を受領する予定です。その上に、移行期間が1年延びるごとに10億ポンドを受け取ることになるといわれています。

 また、在英EU市民の権利保護も確約されています。これは現在、英国に居住するEU市民とその家族について、英国のEU離脱後も現在と変わらない(EU市民としての)権利を英国法の下で保障するものです。離脱後に英国は欧州司法裁判所(ECJ)の管理下から離れるものの、その後8年間は、EU市民が当該権利の申し立てをする場合はECJに訴えることができます。

 最大の懸念事項である北アイルランド問題については、2020年7月までにハードボーダーを設置しないための代替策が決まらなければ、EU離脱後の移行期間(2020年12月末まで)を延長するオプションがあります。しかし、どのみち代替策が見つからず移行期間が終了すれば前述のバックストップが発動するため、永遠にEUの単一市場に残る可能性があり、EUにとっては痛手が少ないオプションと言えます。

緊急のEU首脳会議では離脱協定案だけでなく、政治宣言でも合意しました。

菅野:26ページからなる政治宣言は、英EUの将来の関係枠組みの方向性を示しています。離脱後の英国とEUがあらゆる分野において深く、柔軟なパートナー関係を築く野心的な内容です。この政治宣言の基本理念は英国の主権とEU単一市場の整合性にあり、離脱後の英EUの関係性について、自由貿易から核安全協議と防衛まで広範な分野にわたり言及しています。

 ただこの政治宣言には法的拘束力がないため、本当にEU側が英国との未来の協定を締結するかは未知数です。また、離脱協定交渉でさんざん譲歩してきたメイ首相の手腕にも英国内の不満が高まっています。今後、メイ首相が将来の関係性をEUと交渉しても、良い条件を勝ち取れるとは保守党内ですら信じている議員は多くありません。

 よって、たとえブレグジット合意を英議会が承認しても大幅な譲歩を許し、不本意な離脱を招いたとして、メイ首相は求心力を失い、19年3月以降、辞任に追い込まれる可能性が高いといわれています。

 ブレグジットを見届けるとして退陣の意向を強く否定したメイ首相ですが、今後の不信任投票の行方や、英議会の採決次第では、その決意が揺らぐ可能性も否めません。今後、英国では合意なき離脱だけでなく、その際に議会再編が起こり、政治が再び大きく動く可能性に警戒が必要です。