3 子どもに迫る危機

子どもの貧困

 最後は、日本の未来を担う子どもたちに及ぶ「健康格差」の実態を見ていく。

 子どもの「健康格差」は、その家庭の所得状況に連鎖していくことが、私たちの取材で明らかになってきた。すなわち「子どもの貧困」問題と子どもの「健康格差」問題は、密接に関わっているということだ。

子どもの栄養状態と「肥満」

 厚生労働省の乳幼児栄養調査によると、経済的にゆとりがない家庭では、ゆとりがある家庭に比べ、お菓子やインスタントラーメン、カップ麺がより多く食べられ、魚、大豆製品、野菜、果物はあまり食べられていないことがわかった。

図1-7 世帯年収と野菜や肉類の摂取量(「乳幼児栄養調査」厚生労働省2015)
図1-7 世帯年収と野菜や肉類の摂取量(「乳幼児栄養調査」厚生労働省2015)

 たとえば、経済的に「ゆとりがある」と「ややゆとりがある」と回答したグループ(全体の29.3%)の家庭の子どもの49.5%が魚を週4日以上食べていたのに対して、「あまりゆとりがない」「まったくゆとりがない」と回答した家庭の子どもは34.7%で、15ポイントも低かった。一方、菓子や菓子パンを毎日食べる子は、生活にゆとりがないグループに多く、インスタント麺・カップ麺をまだ食べたことがないと回答したのは、生活にゆとりがあるグループに多かった。

 またある研究では、生活にゆとりのない家庭の子どもは、肥満率が高い、虫歯の数が多い、運動習慣がないといったことが明らかになっている。

 いわゆる貧困家庭の子どもと聞くと、真っ先に痩せているのではないかと連想しがちだが、むしろ太る傾向が強いと管理栄養士の佐々木由樹さんも指摘する。

「年収300万円以下が多いとされる、ひとり親の家庭でよく見られます。お金に余裕がなくても、しっかりと食べさせたいという親の心理が働くのでしょうか。『食事の量が少ないのはかわいそうだ』と、高カロリーの食事をさせようとするため、子どもが太りがちなんです」

 肥満した子どもは、一見すると栄養状態が良好とされがちだが、実際には食の質に問題を抱えている場合が多いことがわかる。1日3食のうち、公立の小中学校であれば、1食は学校給食がまかなっているため、3食すべてに事欠くような状況にある家庭は少ないとされる中、残り2食で何を食べているかが重要になってくる。そこで、幼年時代から高カロリー食に慣れてしまうと、肥満をきっかけに、生活習慣病を発症するリスクも高くなってしまう。

 こうした子どもの貧困と「健康格差」の深刻さは国も認識しており、さまざまな対策に取り組んでいる。

 子どもの「健康格差」を是正する具体的な対策として注目されるのが「こども食堂」だ。「こども食堂」とは、経済的な理由から、家で満足な食事をとれない子どもに温かい食事を提供することを目的に作られたボランティア事業だ。こうした施設を利用すれば、子どもたちは無料もしくは1食数百円程度の負担で栄養バランスがとれた食事をとることができる。また多くの施設では保護者も格安の料金で食事をとれる。

 貧困家庭の中には、親の仕事の都合で、子どもがひとりだけで食事をとるケースも多い。栄養面に配慮した食事を作り置きできる余裕が親にはないので、どうしてもカップ麺や食パンなどのお手軽な食事に頼りがちだ。「こども食堂」では、子どもが抵抗なくひとりでも入れる雰囲気作りを行い、栄養面に配慮した手作りメニューを用意しているところもある。栄養満点の温かいごはんをつくって待っているのは、近所の住民たち。そのため、食事だけではなく、防災や防犯といった、いざというときの地域のセーフティーネットとしても機能することを目指している。

 社会運動のトレンドになりつつある「こども食堂」だが、課題もある。運営の仕方や手法をひとたび間違えると、利用する子どもに施しを受けているような感情を抱かせる危険性があるためだ。大人たちが善意で行ったことが結果的に「あの家庭は、『こども食堂』に行っている家庭だ」と、子どもの心を傷つける恐れがある。そのため、運営団体の多くは利用者の資格をあえて限定せず、貧困家庭以外の家庭の子どもや親でも利用できるようにするなど、地域に根付かせる配慮をしている。

日本の子どもの6人に1人は貧困

「健康格差」をきっかけに、子どもの貧困について調べると、驚くべきことに、日本の子どもの貧困は世界の先進国で最悪レベルにあることがわかる。子どもの貧困のひとつの指標として、「子どもの相対的貧困率」がある。国民の年間所得を多い順に並べて真ん中の数値の半分=122万円に満たない世帯で暮らす17歳以下の子どもの割合をさす。親子2人世帯の場合は月額14万円以下(公的給付含む)の所得しかない家庭だ。子どもの貧困率は、1980年代から右肩上がりに上昇しており、2012年時点で16.3%に達した。実に6人に1人の子どもが貧困状態にある。

 これはOECD加盟35ヵ国中11番目に高く、OECD平均を上回っている。子どもがいる現役世帯のうち大人が1人の世帯(要はシングルマザーあるいはシングルファーザー)の相対的貧困率はOECD加盟国中最も高い。

 子どもの貧困を放置すれば、国家に経済的ダメージを与える危険がある。貧困家庭の子どもは、食事、学習、進学などの面で一般家庭に比べて不利な状況に置かれるため、将来も貧困から抜け出せない傾向が強い。

 シンクタンク「日本財団」の推計によると、貧困状態にある子どもに教育などの支援を行わなかった場合、個人の所得が減る一方で、国の財政負担が増えることから、経済や国の財政に与えるマイナスの影響=「社会的損失」は、15歳の子ども全体の場合、40兆円にのぼることが初めて明らかになった。進学率の低迷、生活保護や社会保障費の増加など、社会全体のリスクとして捉えるべきと専門家も指摘している。

「子どもの貧困」は、経済上などの理由から生活が困難になっている世帯のことをさすが、一見するとその状態が把握しにくいことから「見えない貧困」と言われ、実態が正しく認識されづらい状況にある。その理由として、ファストファッションや格安スマホなど物質的な豊かさによってその実情が粉飾されてしまうことや、高校生のアルバイトなど子どもたち自身が家計の支え手になっていること、また、本人が貧困を隠すことから、教師や周囲の大人が気づきにくいことなどが挙げられる。

 こうした「見えない貧困」を可視化するための手段として紹介したいのが、今年3月、東京都大田区が、首都大学東京教授であり子ども・若者貧困研究センター長も務める阿部彩さんの監修のもと実施した「大田区子どもの生活実態に関するアンケート調査報告書」だ。調査は、区内の公立小学校(59校)に在籍するすべての小学5年生とその保護者が対象で、保護者から見た子どもの状況の把握のみならず、子ども自身が感じる生活実態を把握することが重要との視点から、子ども自身も調査に参加している点が特徴だ。図1‐8は、大田区による「生活困難層」の定義である。

図1-8 大田区の「生活困難層」の定義
図1-8 大田区の「生活困難層」の定義

 この定義によれば、大田区の子どもの21.0%が「生活困難層」であり、約5人に1人が貧困状態にあることになる。

 大田区は、東京23区一の面積を誇り、区内に東京国際空港(羽田空港)やトラックターミナル、コンテナ埠頭、大田市場などといった大規模施設を軸に、中小工場を擁する「ものづくり」の街である。その一方、高級住宅街と呼ばれる田園調布や雪谷、久が原といった緑あふれる住宅地や多摩川河川敷など、住宅環境も充実した自治体である。

 こうした産業にも住宅にも恵まれた大田区でも「子どもの貧困」状態が、まるで当たり前のように横たわっている現実は、「子どもの貧困」がある特定の地域だけの問題ではなく、日本全国どこの自治体でも当てはまる、大きな社会問題になっていることを示している。

 実は、40兆円にものぼる損失の中には、本書で取り上げる「健康格差」が生み出す損失は含まれていない。「健康格差」の問題が認識されたのは比較的最近であることにくわえて、子どもの「健康格差」が顕在化するまでに長期間を要するため、「健康格差」がどれだけ経済的損失を生むのかが不明なためだ。しかし、貧困状態にある子どもたちが6人に1人いるとすれば、多くの子どもが、食生活で重大な問題を抱えていることと関連づけても違和感はないだろう。日本の将来を考える上で、大変憂慮すべき問題だと考えることができる。

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