介護の危機が目前に迫っている

 自立して生活できる「健康寿命」を延ばす一方で、避けがたい問題となってのしかかってくるのが、介護の問題だ。健康を失い、死に至るまでの終末期を決定的に左右するのが「介護の質」。それが大きく揺らぎ始めている。

 日本には介護保険制度があり、手厚いとは言えないまでも一定の質が担保されてきた。ところが、この介護保険制度がいま大きな曲がり角に差しかかっている。介護保険会計の急速な悪化により、介護サービスの水準がどんどん切り下げられ、十分な収入がない高齢者が極めて質の低い介護しか受けられない状況が生まれつつあるのだ。

 いま日本の介護現場は危機的な状況に陥っている。健康な間はわずかな年金でやりくりをしていた高齢者が、健康を害して介護が必要になった途端に生活が立ち行かなくなってしまう事例が急増している。なぜこんな事態に陥ってしまったのか。

 2000年、それまで家族が支えていた介護を、社会全体で支えようと始まったのが介護保険制度だ。介護がどれくらい必要かに応じて7段階に分けられ、それぞれに適したサービスを組み合わせて利用する。利用者の自己負担は原則1割だが、残りの費用は40歳以上が支払う保険料や税金で賄われている。問題はその費用の推移だ。制度が始まった当初、介護保険で使われる費用は年間3.6兆円だったが、今や10兆円にまで膨れ上がってしまったのだ。団塊の世代が全員75歳以上になる2025年には、21兆円にまで膨れ上がると推計されている。国の財政が厳しい中、このままでは介護保険制度そのものが立ち行かなくなるおそれがある。国はその増え続けている介護費用を抑えるため、2015年に大きく舵を切った。

 まず、一定以上の収入がある人は、介護サービスを受ける際の自己負担が引き上げられることになった。前述したようにこれまでは自己負担の割合は、原則1割。それが、2015年8月から年金の収入がひとり暮らしで年間280万円以上、2人以上の世帯では346万円以上の場合は、原則2割負担になったのだ。

特養ホーム入所のハードルが上がった

 国が介護費用を抑えるため、2015年に行った制度改革は自己負担の引き上げだけではない。公的な介護サービスを縮小するさまざまな政策が打ち出されたのだ。たとえば、2013年には全国で52万人が入所を希望して待機していた特別養護老人ホーム。これまで要介護1から5までの人が入ることができたが、2015年から原則として要介護3以上でないと入れなくなった。より要介護度が重い人に重点的にサービスを提供しようという国の方針によるものだ。それによって、要介護度が軽い人は、今まで通りの介護は受けられないかもしれないという。

 2015年の制度改革の余波は、要介護度が軽い人が多く通うデイサービスにも及んでいる。今回の制度改革では、要介護度が低い利用者については、介護報酬が特に大きく引き下げられた。デイサービスは小規模の事業者が多いため、介護報酬の大幅な引き下げは経営に深刻なダメージを与え、全国各地で介護事業所の閉鎖や倒産が相次いだ。

 番組が取材したあるデイサービス事業所では、人件費を抑えるために9人いる職員全員のボーナスをカットしたという。これまで通りのサービスを続けられるか、経営者は不安を感じていた。専門家は、「いろいろと経費を削減すれば乗り切れるのではないかとか、そんなレベルの問題ではありません。普通で言えば、サービスの質を低下させないと経営が維持できない状況」という。

 介護保険の見直しは始まったばかりで、今後も利用者の自己負担はさらに高まり、介護報酬も減額されていく可能性が高い。平成28年度の国の予算で、国が負担する介護費用はおよそ2.9兆円。医療や年金と合わせた社会保障費はおよそ32兆円と、国の予算全体の3分の1近くを占め、国の財政を圧迫している。高齢者の増加や家族形態の変化により、公的な介護サービスを必要とする人口は年々増え続けている。今まで通りの規模で公的な介護サービスを実施し続けることは難しいのが現状だ。

 このままでいったら、後期高齢者の数が2200万人ちかくに膨れ上がる2025年にはどうなってしまうのか。社会保障が専門で、介護の政策提言を行う淑徳大学教授の結城康博さんはこう予想する。

「公的な介護サービスがどんどん縮小すると、結局は貧困ビジネスとか、貧困ビジネス的な無届けの介護事業所とか、公的でないサービスを使わざるを得なくなります。そうすると、人権とかを無視されたような高齢者が増えてくると思うんですね。お金を持っている人はそれなりの介護を受けられるかもしれない。でもお金がない人は非常に貧しい介護生活をおくるというように、格差が拡大していくでしょう」

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