2 高齢者に迫る危機

静かな病気「骨粗しょう症」

 続いては、高齢者を蝕む「健康格差」を見ていく。

 高齢者の「健康格差」は、そのまま寿命に直結することから看過できない問題だ。一体、どんなことが現場で起きているのか。

 番組で取材したのは、埼玉県で暮らしている栗原さん(71歳)だ。栗原さんは未婚のひとり暮らしで、親族とも音信不通の状態が10年以上も続いている。これまで、工場勤めや洋品店の販売員など10回近く転職を重ねてきた栗原さんが、最も長い期間勤めることができたのは、建設現場での仕事だった。個人事業主の立場で仕事を請け負う雇用形態とのことだったが、収入は不安定で貯金をする余裕はなく、年金の保険料納付も滞るほどだった。当時の年収は180万円ほど。食事は1日2食で、おかずは缶詰だけのときもあり、野菜は週に2~3度程度しかとれなかった。

骨粗しょう症で自宅に閉じこもりがちな栗原さん
骨粗しょう症で自宅に閉じこもりがちな栗原さん

 こうした経済的には決して楽ではなかった栗原さんの体を蝕んでいたのが、骨粗しょう症だった。骨粗しょう症は、骨の強度が低下し骨折しやすくなる症状だが、目立った自覚症状がなく、深く静かに進行していくため「静かな病気」と言われ、本人が気づきにくいことが多い。

 そんな骨粗しょう症の影響が形に出てしまったのが60歳の時だった。自宅を引越する作業中、転倒してしまった栗原さんは、腰を強く打ち、歩けないほどの痛みに襲われる。救急車で病院に運ばれると、医師からは「圧迫骨折」の診断を言い渡された。以来、痛み止めの薬を飲み続ける生活を余儀なくされ、栗原さんは、働くことさえできなくなってしまう。

 次第に収入が途絶え、無貯金状態に陥った栗原さんは現在、やむなく生活保護を受給する日々を送っている。骨折の痛みから外出することもままならず、閉じこもりがちになり、一日の大半を6畳ほどのアパートで過ごしている。

 栗原さんの主治医である増山由紀子さんは、骨粗しょう症の主な原因は、栗原さんの食生活にあると考えている。

「毎月一定の家計の中で生活するとなると、食費を削ることになりがちです。そうすると、安いものでカロリーの高いものを優先しようして炭水化物中心になり、カルシウムとかビタミンとかが足りなくなります。もし、ご家族がいれば、栄養面のバランスも配慮してくれるのでしょうが、おひとりの生活だとなかなかそこまで気が回らなかったのでしょう」

「ひとり暮らし高齢者」の実態

 栗原さんのような高齢者における「健康格差」を加速する要因のひとつに、閉じこもりや孤立がある。特に、ひとり暮らしの高齢者は、転倒からの骨折や精神疾患がきっかけで閉じこもりになるなどのケースが見られる。一度、閉じこもってしまうと、情報が極端に少なくなり賢明な判断ができなくなったり、誰かに助けを求めることができなくなったりする。こうした周囲とのつながりがない中で、自らの体に異変や病気が起きたとしてもひとりで抱えてしまい、最悪の場合、いきなり救急車で運ばれるほど重症になるまで悪化させてしまうケースも珍しくない。

 前出の藤田孝典さんは、こう証言する。

「高齢者の方の生活支援の相談を受けるときには、まず相談にくる人の歯を見るようにしています。歯を見れば、その人が置かれている状況が一目で分かるからです。歯がない人は、治療に行く時間やお金がない状態で生活しているのではないかとか、歯がないと認知症のリスクが高くなるとも言われていますから、そういった面は大丈夫なのかとかお聞きすることができるんですね。ですので、歯がなくて咀嚼できない高齢者は要注意だということです」

 また前出の増山由紀子さんは、高齢者になると、恥の意識などが働き、誰かに助けてほしいという声を上げにくくなることも「健康格差」の発見を遅くし、手遅れになることもあると指摘する。

「地域で見守りをする人とか、民生委員だったり、近所の人から『心配だ』という情報が、地域包括支援センターに伝わると、そこから病院や診療所につながるので診断できるのですが、ひとり暮らしの高齢者の方は、なかなか自分からは動けない。で、急に生活機能が変化した時にようやく動き出すということになります。ですから、あらかじめ病気に早く気づくっていうのが難しくなってるかなと。一度、地域包括センターにつながれば、そこから介護のケアともつながり、行政の福祉サービスともつながっていきます。つながりができてくると、少しずつ状況を変えていくことができるので、なんとかしたいところです」

 総務省の国勢調査によれば、2015年現在、全国でひとり暮らし(単身世帯)の人は、1842万人。これは国民の7人に1人にあたる数字だが、中でも近年とりわけ増えているのが中年層や高齢者のひとり暮らしだ。

 例えば、1985年に50代男性に占めるひとり暮らしの世帯の割合は5%だったが、2015年には18%と3倍強に増えた。50代男性の5人に1人弱がひとり暮らしということになる。また、女性では80歳以上に単身世帯が増えている。1985年は9%だったが、2015年には26%に上昇。80歳以上の女性の4人に1人がひとり暮らしになっている。中年層でひとり暮らしが増加するのは、未婚化が増えていることが最大の要因とされ、一方高齢者では子どもと同居しなくなった影響が大きいとされている。

 老後を家族に頼ることが難しくなる中で「健康格差」に陥れば、即医療、福祉の問題へと発展し、最悪の場合は、命の問題に直結する可能性も孕んでいる。今後も、ひとり暮らしの高齢者が増えることが予想されており、高齢者における「健康格差」は「命」の格差になりうることをしっかりと認識しておかなければならない。

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