「健康診断」格差

『下流老人』『貧困世代』の著者で、NPO法人ほっとプラスの代表理事を務める藤田孝典さんは、非正規雇用者の食生活について、こう証言する。

「非正規の方の食生活は、炭水化物を多くとる食事に偏りがちになります。米、小麦、じゃがいもの3点セット。安くて、こってり味で、すぐにお腹いっぱいになるものを好むようになります。激安の牛丼は最たるもので、こうした流れを加速したかもしれません。私のところに実際、相談にいらっしゃる人は、牛丼やラーメンが大好きな人が多い。最近、巷では糖質制限ダイエットが大流行していると言われますが、いわゆる“下流”の人たちにとっては、まったくもって縁のない話です。糖質の代わりに食べる野菜、魚、肉の値段が高くて、まず買えません。くわえて、若い人に多いのが精神疾患です。非正規労働で稼ごうとすると『長時間労働』にならざるを得ませんから、それが原因で、自律神経失調症やうつを発症する人が多い。栄養バランスと精神面が崩れたら、当然働くことすらできなくなってしまいます」

 藤田さんの指摘通り、経済力の違いが生む「健康格差」は、糖尿病だけではない。低所得の人は、高所得の人に比べ、精神疾患で3.4倍、肥満や脳卒中でおよそ1.5倍発症のリスクが高いという研究もある。歯の本数が20本未満の人の割合も、低所得の人は、高所得者に比べて、男性で約3ポイント、女性で5ポイント高かった(厚生労働省:国民健康・栄養調査 2014)。

 健康に暮らすために、懸命に働くことが、かえって就労不能なほどに健康を著しく損ねてしまう皮肉。これを食い止める受け皿としての健康診断も、実施状況が低いことや、行くべき人が行っていない実態も見えてくる。

 企業は、正規雇用者に対しては、定期健康診断などを実施しているため、継続的に受診していれば、体の異状は早期発見できる。しかし、非正規雇用者に対しては、正規社員に比べると健康診断の体制は十分でない。厚労省の労働安全衛生調査(平成24年)によると、正社員がいる事業者のうち、正社員を対象にした定期健康診断を実施した事業所は93.5%もあるのに対して、一般社員の週所定労働時間の2分の1未満のパートタイム労働者を対象にした定期健康診断を実施した事業者は33.9%にとどまっている。派遣労働者にいたっては、実施率はわずかに27.0%にとどまっている。

未婚者に迫る「健康格差」

 現役世代の「健康格差」を非正規雇用とは異なる角度から見ていくと、「未婚者」という日本が抱える静かで深刻になりつつある問題にもたどり着く。

 近年、上昇の一途をたどっている日本人の未婚率。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、50歳時点で一度も結婚していない「生涯未婚者」は2010年、男性で5人に1人、女性で10人に1人。この値は今後20年弱で、男性が3人に1人(29%)、女性は5人に1人(19.2%)に上昇する見通しだ。

 そもそも結婚は、個人の意思決定に基づき自由に行われるものであり、選択の自由が保障されるべきものだ。しかしながら、近年、未婚者が既婚者に比べ、健康に大きな不安を抱えているといえる調査結果が出てきており、新たな社会問題に発展する恐れもある。見過ごせない問題として、触れておきたい。

 統計学者の本川裕さんが厚生労働省の人口動態統計(2014年)を基に、未婚者と既婚者(離婚や死別を含む)の死亡率を算出したところ、45~64歳の未婚男性は同世代の既婚者の2.2倍にのぼることがわかった。未婚女性の場合、既婚者との差はほとんどなかった。

 また、別の調査では、既婚か未婚かで死亡リスクが大きく異なることもわかってきた。未婚男性を既婚男性と比べると、心筋梗塞による死亡が3.5倍、呼吸器系疾患によるものが2.4倍、自殺を含む外因死で2.2倍などと、さまざまな原因での死亡リスクが高かった。この調査でも、女性については未婚・既婚での差はなかったという。

 原因はどこにあるのか。専門家は、そのひとつに未婚男性の食生活の乱れをあげる。未婚男性の多くが、朝食をとらない傾向にある。この習慣は血圧の急激な上昇を招き、脳卒中のリスクを高めるとされている。

 また、栄養の偏った食事も原因とみている。食事は従来、手作りの家庭料理を自宅で食べる「内食」と、レストランや飲食店で料理を食べる「外食」に加え、その中間に位置する、外部の人手によって調理された惣菜やコンビニ弁当などの調理済み食品を自宅で食べる「中食」の3つに分類されるが、未婚男性は「外食」や「中食」になる傾向が強い。

 2008年の厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、ひとり暮らし世帯が惣菜や弁当などの「中食」を購入する割合は、二人以上世帯の2倍になっている。この調査に性別ごとのデータはないが、自炊の習慣のないことが多い男性は、より「中食」に手が伸びるであろうことは容易に想像できる。

 前述のように女性の死亡率が未婚・既婚であまり変わらないのは、婚姻状況によって食習慣が大きく変わることが少ないからだ。一般的に女性は男性に比べ、生活全般において高い自己管理能力を有していると言われている。自炊や弁当の手作りをいとわない男性も近年は目立ってきているが、全体としてはまだまだ男性のほうが、独身生活は乱れがちである。

 さらに、未婚者は精神面でも問題を抱えやすいという。自殺予防総合対策センターの統計では、未婚者の自殺率は既婚者の1.25倍。特に中高年の場合は、45~55歳で2.1倍、55~64歳では2.4倍にまで高まる。

 自殺の予防に効果的なのは、何らかのコミュニティに属することだと一般的に言われている。職場、学校、地域など種類は問わないが、何か追い詰められたときに悩みを打ち明けられ、心の支えとなってくれる相手のいることが自殺を思いとどまらせる要因となる。

 ところが、ここでも男性は不利だ。女性の場合は未婚のひとり暮らしでも、趣味サークルなどのコミュニティに参加している場合が多い。だが男性は、職場を除けば人との交際機会がほとんどないという人も珍しくない。コミュニティへの参加は、現役のうちは必要ないかもしれないが、問題なのは定年退職などのリタイア後だ。退職後は、一気に他人とのコミュニケーションが乏しくなって、暇を持て余し、孤独感はいやおうなく増す。

 乱れた食生活になりがちな習慣と、孤独になりがちな時間が未婚者の健康を徐々に蝕み、寿命を縮めていく。「健康格差」は、未婚者にも確実に迫っている。

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