非正規雇用が貧困を生む

 こうした、みゆきさんのような患者を立て続けに診察したことに強い危機感を抱いた莇さんは、全日本民主医療機関連合会(民医連)医療部に呼びかけ、全国の医療機関96施設(53病院、43診療所)の協力を得て、40歳以下の2型糖尿病患者の782人の実態調査を行った。

 図1‐1は、調査に協力してくれた男性患者グループの雇用形態と全国の25~34歳男子の雇用形態を比較したものだ。グラフをみればわかるとおり、全国の25~34歳男子の無職は6.7%に対して、男性患者グループの無職は2倍以上の16.3%に達している。一方、男性患者グループの正規雇用者は55.5%と、全国25~34歳男子よりも21.5ポイントも低い。

図1-1 調査対象の男性患者グループの雇用形態と全国25〜34歳男子の雇用形態の比較
図1-1 調査対象の男性患者グループの雇用形態と全国25〜34歳男子の雇用形態の比較

 図1‐2は、今回の調査対象の患者世帯の年収分布である。驚くべきことに年収200万円未満が57.4%を占める。一方、世帯年収600万円以上の割合に限っていえば、10.6%にすぎない。これは平成22年国民健康・栄養調査の世帯年収600万円以上の半分である。直接の因果関係は定かではないものの、健康状態の悪化と雇用形態・所得には何らかの相関があると考えられる。

図1-2 調査対象の世帯年収の分布
図1-2 調査対象の世帯年収の分布

世帯所得と健康に対する意識の関係

 最大の要因として疑われるのが、世帯所得による食生活や生活習慣の違いだ。厚生労働省の調査では、世帯の所得が低いほど米やパンなどの炭水化物の摂取量が増え、野菜や肉類の摂取量が減少することがわかっている。米飯やパン、インスタントラーメンなど穀物を主体とする食品は一般に安い商品が多く、それでいて満腹感を得やすい。これに対して、野菜・肉・魚介類などの生鮮食品は、穀類や加工食品に比べて価格が高いうえ、長期保存が難しい。

 くわえて、生鮮食品の多くは調理が必要になる。非正規雇用者の多くは、長時間労働を強いられ、食事の時間も不規則になりがちで、料理にかける時間の余裕もない。みゆきさんのように不規則な勤務形態だと、外食やコンビニ弁当などに頼りがちで、炭水化物の過剰摂取をおこしがちだ。

 一方、健康に対する理解度(リテラシー)や関心の違いを指摘する声もある。図1‐3は、調査対象となった患者さんの最終学歴の分布だ。患者に占める中卒者は全体の15.2%。日本人の高校進学率は96.7%だから、明らかに中卒の割合が高いことが分かる。

図1-3 調査対象の最終学歴の分布
図1-3 調査対象の最終学歴の分布

 所得が少なくとも、工夫次第で生鮮食品の摂取量を増やすことは可能だが、当事者に健康の維持管理には生鮮食品を適度に含んだバランスのよい食事が必要という知識がそもそもなければ、どうしても家計に優しい穀類や加工食品中心の食生活に偏りがちだ。

 莇さんたちの調査によると、2型糖尿病の患者の7割がBMI(体格指数=Body mass index。身長の二乗に対する体重の比で体格を表す指数。25以上を肥満と判定する)30以上の高度な肥満状態にあり、4人に1人が2型糖尿病の合併症である網膜症を患い、6人に1人が同様に2型糖尿病の合併症である腎症を患っていた。

 莇さんの初診時にすでに重症合併症を伴っていた20~30代の2型糖尿病患者の症例に共通する点は以下の3つだった。

①小児期~思春期からの肥満を背景とする糖尿病である。
②受診時にすでに重症の合併症をともなっている。 ③学校卒業後、長期間非正規雇用に従事し、医療機関への受診がほとんどない。

 莇さんは、単なる不摂生ではなく、雇用の不安定さなどから健康診断を受けづらくなっていることや、健康診断を受けても経済的な事情から通院できないことから、特定の病気を早期に発見して治療する検診そのものを受けたくないなど、複数の問題がかかわっていると考えている。

「通院することによって仕事を休むと、解雇されてしまうのではないかという不安があるでしょう。だから健康診断や検診を避けるようになってしまう。また多忙から、自炊する余裕もなく、自然と高血糖になるような食事にならざるをえないのかもしれません」

 非正規雇用になると、健康面に配慮する余裕がなくなってしまうという声は、番組に出演してくれた複数の経験者からもあがった。

 高血圧と痛風の持病を抱えているという50代男性からは、

「非正規だと昼夜も連続で働かざるをえないことがあるんです。しかもそれが何日も続くこともあります。そういう状態だと、いくら自炊して健康管理をしようとしても、家にすら帰れないから自炊そのものができない」

 非正規雇用者として、工場勤務していた40代女性は、
「生活費を稼ぎたい、貯金もしたいということで、夜勤で長時間働きました。そのぶん、しっかり賃金をいただくことはできたんですけど、この2年間で体を壊してしまい腎臓病と脂質異常症(高脂血症)を患ってしまいました。何をやっているんだか、という感じです。働いている時間以外の時間が8時間しかないので、この間に睡眠と自炊をしなくてはいけない。そうなると、自炊を諦めて睡眠を優先するという生活になってしまうんです。で、起きるとさすがにお腹が空いてるので、どうしようかと考えるともう本当に家の近所の牛丼チェーン店に駆け込んで、かっこむと。そういう生活になってしまうんですよね」

 と、苦しい胸の内を打ち明けてくれた。

次ページ 「健康診断」格差