莇さんはこの患者に出会った後も、立て続けに3例ほど若い世代の重症の糖尿病患者を診察する。時は、2008年。100年に1度の経済危機と言われ、世界経済に大きな打撃を与えた「リーマン・ショック」後のことだった。

 糖尿病には、主に「1型糖尿病」と「2型糖尿病」の2つのタイプがある。「1型糖尿病」は、血糖値を下げるインスリンを製造する、膵臓のβ細胞が壊れてしまうことで発症する。これに対し「2型糖尿病」は、もともと糖尿病になりやすい人が、肥満・運動不足・ストレスなどをきっかけに発病する。「1型」は主に自己免疫の異常などによって小児期に発生することが多いのに対して、「2型」は長年の生活習慣による中高年期に発症することが多いとされている。一般に「40代以下の2型糖尿病患者は全体の3%程度」と言われており、専門医であっても若い患者を診ることは、まれなことだ。

 莇さんは言う。

「生活習慣病とされる2型糖尿病は、通常なら40代以上がかかる病気でしょう。ところが、立て続けに合併症を起こした若い患者さんを診たわけです。こんなことは、滅多にないわけですから、これは何かおかしい、何か起こっているんじゃないかと思ったわけです」

 ただでさえ少ないとされる、若者の2型糖尿病患者。その中に、本来なら発症から、長い期間が経ったのちに発症する合併症を併発している人がいるという事実。莇さんが感じた「何か起きている」という原因は、患者の肉体面にあるのか、精神的なストレスにあるのか、はたまた患者を取り巻く社会的な環境の変化が引き起こしたものなのか。「ただごとではない」と感じた莇さんは、2型糖尿病患者の症状をくわしく調べるだけでなく、一歩踏み込んだ診察方法に取り組んだ。それは、患者の食事方法や運動習慣を尋ねる通常の診察に加え、職歴や年収などについても尋ねる診察だった。

 日本の病院では一般に、年収や職歴など患者の社会的背景を聞くことは、プライバシーにかかわるとして避けられる傾向がある。しかし、症状の悪化には、社会構造の変化が影響しているかもしれないと仮説を立てた莇さんは、あえて患者にこうした質問をぶつけた。その結果、あぶり出されたのが、糖尿病と「貧困」との関係だった。患者に共通して見られたのが、非正規雇用などによるゆとりのない生活だった。

貧困と糖尿病

 取材班は、莇さんの病院を受診した患者のひとりに話を聞くことができた。非正規雇用で15年間働いていたみゆきさん(仮名・40代)だ。みゆきさんと取材班が初めて会ったのは、病院の会議室だった。若干顔色が悪いことを除けば、第一印象はどこにでもいる穏やかな雰囲気の方だった。ところが、みゆきさんのある所作に、取材班の印象は大きく変わった。番組内容を記した「取材依頼書」を差し出したところ、みゆきさんが紙をまるで顔にくっつけるようにして読み始めたのである。

糖尿病に苦しむみゆきさん
糖尿病に苦しむみゆきさん

「ごめんなさい。視力が落ちてしまっているんです。糖尿病の合併症(糖尿病網膜症)なのか、文字がとても見づらくなってしまって。日の光もまぶしく感じてしまって、外に出るときはサングラスが手放せないんです」

 30代の時、糖尿病を発症したみゆきさん。合併症から腎不全を併発しており、足のむくみがひどく、取材中もしきりに足をさすっていた。

「こんな状態になったのは、自業自得かもしれません。お金がないからといって、糖尿病だと知っていたにもかかわらず、病院に行かずほったらかしになっていました」

 最近は、筋力が低下し、階段を登るのも難しくなってしまった。莇さんによれば、みゆきさんは腎不全が悪化しているため、数ヵ月後には人工透析が必要な状態だという。

「治療を受けることができたのは莇先生のおかげです。1年前、体がだるくてどうしようもないけれどお金がなくて病院に行けなかったとき、先生に尽力していただき、無料低額診療を私に紹介してくれ、治療費を無料にしてくれました。先生がいなかったら、今ごろどこかでのたれ死んでいたと思います」。みゆきさんは、一気にそう語った後、取材班の目も憚らず、泣いてしまった。

 取材班は日を改めて、金沢市郊外にあるみゆきさんの自宅を訪ねた。みゆきさんは、2階建ての小さなアパートの1階にひとり暮らししている。玄関を開けてすぐ気づいたのは、敷かれたままの布団と傍らにある大量の薬の袋だ。

「もう、横になるか、座ってボーッとしているっていうか。これ以上よくなることはない、悪くはなっても……」

 と静かに語るみゆきさん。取材班は布団の横で、なぜこんなことになってしまったのか、話を聞いた。

 みゆきさんは、非正規雇用の労働者として、主に工場での検品を中心に職場を転々としながら15年間働いてきた。夜勤と日勤を繰り返すような不規則な働き方だったため、食事は買ってきた弁当で済ますことが多かったという。1日12時間労働になることも多く、疲れ切って家につく毎日。次第に食べることだけが、ささやかな楽しみになっていった。帰宅すると、500mlのビールとともに、弁当は少なくとも2パックをかきこむ。

「家に帰っても誰もいない。もし誰かがいれば、料理を作る気にもなるんですけど、自分だけのためだったら、ただお腹を満たせればいいだけっていうか。食べたらなんかすっきりするし。まあ、ストレス解消みたいに考えていましたね」

 雇用が不安定だったことから、いつ仕事をクビになるかわからないという精神的なストレス。友人たちも、次々に結婚、出産し、ライフスタイルが異なってしまったことから知らず知らずのうちに疎遠になってしまう。そうしたストレスの解消が、すべて食べることに向かってしまった。

 みゆきさんの乱れた食生活。それを指摘される機会にも恵まれなかった。短期契約の仕事が中心だったため、法律で定められている定期健康診断の対象にならなかったためだ。

 このような生活を20代から続けること10年。36歳の時、ふと首が痛いと感じて訪れた病院で、みゆきさんは、いきなり「糖尿病」と診断される。医師からは定期的な受診を勧められたが、糖尿病の初期段階はほとんど自覚症状がないため、治療の必要性をそれほど強く感じなかったという。

「思いもよらない診断だったのですが、別に糖尿病と言われたって、痛くもかゆくもなかったんです。それより、病院に行くと行った分だけお金がかかるし、仕事も休まないといけない。するとその分、もらえるお給料は減ってしまう。だから、どうしても目の前の生活や食費にお給料を回してしまったんです」

 こうして、糖尿病への対策を先送りにしてしまったみゆきさん。そのツケは、突然やってくる。診断から4年後、みゆきさんは仕事の最中に自分の体の異変に気付く。

 当時、メガネの検品作業の仕事をしていたみゆきさんは、立て続けに上司に咎められる。レンズについた細かい傷の見落としが頻発したためだ。手先が器用で、細かい作業が得意だったみゆきさんを周囲は心配した。慌てて視力を検査すると、問題なかった視力が矯正しても右0.3、左0.7にまで急激に落ちていることがわかった。職場は自分に期待をしてくれたが、視力が悪い中で正確な検品をする自信がないと落ち込んでしまったみゆきさんは「迷惑をかけてしまう」と工場を辞めた。その出来事の後、みゆきさんの体調はまるで坂道を転がるかのように、次々とおかしくなっていった。足がむくみ出す。少しの段差でつまずく。全身がだるい。尿が出なくなる……。糖尿病の悪化で、今となっては食事や通院など必要な時以外は、自宅の布団で横たわって過ごすことしかできない生活になってしまった。

「今はもう、走ることができないし、まともに歩くことすらできないし。戻れることなら、健康なときに戻りたいなって思うことはあります」

 そうかぼそく語って、みゆきさんは再び涙ぐんだ。

次ページ 非正規雇用が貧困を生む