低所得者の死亡率は高所得者の3倍高い──。こんな厳しい現実がある。
所得や地域、雇用形態、家族構成……。こうした要因によって、我々の健康には「格差」が生じている。こうした問題点をデータと取材によって明らかにした新書「健康格差 あなたの寿命は社会が決める」が発売された。
日経ビジネスオンラインは、著者であるNHKスペシャル取材班、版元である講談社とともに、この新書の全文公開の第一弾として、その実態に迫る第1章を無料で公開する。多くの経営者やビジネスパーソンにとって、健康格差の問題は座視できないと考えるからだ。
(島津 翔=日経ビジネス)
『健康格差 あなたの寿命は社会が決める』全文公開
「低所得者の死亡率は高所得者の3倍高い」といった驚きの格差について伝えるとともに、健康寿命を伸ばすための自治体の取り組みなどについて紹介している本書。
この「健康格差」の問題をより多くの読者に知ってほしいという著者の強い思いを受け、その問題意識に共感くださったWebメディア6社(日経ビジネスオンライン、ダイヤモンドオンライン、プレジデントオンライン、東洋経済オンライン、ビジネスインサイダージャパン、ハフポスト 順不同)に、出版社メディアの垣根を越えてご協力いただき、現代ビジネスを含めた計7媒体合同で本書の全文公開を行うことを決めました。
(講談社現代新書編集部)
第1章 すべての世代に迫る「健康格差」
本章(第1章)では、子どもから現役世代、そして高齢者にいたるまで、すべての世代に忍び寄る「健康格差」の実態に焦点を当てる。WHOによると「健康格差」を生み出す要因は、所得、地域、雇用形態、家族構成の4つが背景にあるとしているが、まずは所得、雇用形態、家族構成の3つについてくわしく見ていく。
1 現役世代に迫る危機
若者と糖尿病
まずはじめは、現役世代に迫る「健康格差」の現実だ。「生活習慣病」として知られる糖尿病。血糖値が高くなる病気として、国内の患者数が2012年に950万人を突破し、日本人の13人に1人がかかる「国民病」のひとつとして社会問題になっている。糖尿病は血糖値が高い「高血糖」の状態が続くことで、進行すると人工透析が必要となる「糖尿病腎症」や失明の危機がある「糖尿病網膜症」、「脳卒中」などを引き起こす合併症をともなう。これまで患者の大半は中高年層とされ、若い世代にとっては無縁の病気と思われてきた。
ところが最近、30代から40代の現役世代に、糖尿病患者が増え始めている。しかも、単なる糖尿病ではなく、腎臓や目の網膜に合併症を引き起こした重度の患者だ。腎臓に合併症が出る「糖尿病腎症」は、悪化すると週におよそ3回、半日がかりで透析を受ける必要があるほか、網膜に合併症が出る「糖尿病網膜症」の場合は、失明することもある。
重度の糖尿病患者が次々に
現役世代の異変にいち早く気づいたのは、石川県金沢市の内科医・莇也寸志さんだ。金沢で何が起きているのか。取材班は、市内にある金沢城北病院を訪れた。経済的な理由により、医療費の支払いが困難な患者のために、無料低額診療も行っている総合病院だ。取材班を診察室に通すと、莇さんは「まずはこの写真を見てもらいましょう」と一枚の写真を見せてくれた。口の中だけを映した写真には、歯がほとんどなく、ほんの少し残っている歯も、黒く蝕まれている。

「こちらの方、まだ20代なんですよ。70代の方じゃないんですよ、うん」
まるで、70代、80代の高齢者の口の中を写したかのようなレントゲン写真に目を疑う取材班に、莇さんはカルテを見ながらこう続ける。
「この方は、歯周病が悪化してこんな状態になったんです。2型糖尿病の合併症のひとつですね。私は30年ほど糖尿病の臨床を続けてきましたけど、こんなケースはこれまで一度も経験したことがなく、とても驚きました」
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