「これが未来のiPhoneです」
米アップルが新型スマートフォン「iPhone7」を発表した翌日の9月8日。アップル本社会議室で、ジャパンディスプレイ(JDI)の幹部はとっておきの試作品を取り出し、ユーモア混じりにこう言ってみせた。
手に持っていたのは、新開発の液晶パネルを使った全面ディスプレーのスマホ。2年後の2018年モデルへの採用を働きかけるため、JDI幹部の声に力がこもる。
「有機ELでやろうとしていることは、液晶でもできるんです」
JDI、液晶注力を改めて強調
中小型液晶パネル大手のJDIが、液晶パネルで反転攻勢を狙っている。11月9日に開催された2016年4〜9月期の決算会見では、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)より液晶事業に力を入れていく方針を改めて強調。本間充会長兼CEO(最高経営責任者)は「液晶をベースに事業ポートフォリオを作成していく」と述べた。
アップルが2017年に発売するiPhoneに有機ELを採用することが決まり、今年に入ってからディスプレー業界の流れは一気に液晶から有機ELへとシフトした。韓国、中国、台湾のパネルメーカー各社がこぞって有機ELパネルの量産開発に動き出し、JDIも500億円を投じて有機ELの試作ラインを設置している。
しかし、当初から小規模投資にとどまっており、「様子を見ながら進めていく」(本間会長)と慎重な姿勢を崩していない。9日の決算会見で本間会長は、「有機ELの開発を進める中で、液晶の優位性がむしろ浮き彫りになった。スマホ業界でも有機ELに対して少し危惧しているメーカーが増えている」と述べている。パネル業界が一斉に有機ELにシフトしようという流れの中で、何とか流れを引き戻そうとする意図が読み取れる。
JDIが有機ELの開発に苦戦しているのは事実で、目標としていた2018年の量産開始も難しいとの見方が大勢だ。しかし、同社が液晶事業へと一気に舵を切ったのは、それだけが理由ではない。3つの要因が重なったためだ。
一つ目は、足元の液晶受注の好調ぶり。今夏以降、中国の新興スマホメーカー「OPPO(オッポ)」や、大手・華為技術(ファーウェイ)からの引き合いが増加。あまりの受注の多さに「生産が追いつかないほど」(JDI関係者)と嬉しい悲鳴を上げている。これにより2016年10~12月期は100億円の営業黒字を見込んでいる。
世界最大のスマホ市場である中国で急速にシェアを上げている「OPPO」。上位機種にJDIの高精細液晶パネルを採用している(写真:Imaginechina/アフロ)
パネル業界関係者によると、唯一の有機ELサプライヤーである韓国のサムスンディスプレーが、「売り手市場のため、有機ELパネルの価格を引き上げている」と言う。当初「上位モデルは今後全て有機ELにしていきたい」としていたOPPOにとって、この値上がりは大きな打撃。これにより、JDIの高精細液晶パネルの調達数を増やしていると見られる。JDI関係者は、「液晶にもう一度注目してもらう契機と捉えている」と言う。
液晶の進化にこだわる
二つ目は、冒頭でも登場した「フルアクティブ」と呼ばれるJDI独自の新開発液晶パネルの存在だ。液晶パネルのサプライチェーンメーカーと共同で開発したフルアクティブディスプレーは、狭額縁の4辺フリーパネルで、全面をスクリーン加工できるのが特徴。これにより、液晶パネルを2枚つなげても折り畳みの中間線が見えにくく、見開き型の大画面スマホを作ることもできる。
JDIが独自開発した新型液晶パネル「フルアクティブ」。全面をスクリーンに加工できるのが特徴。狭額縁なので液晶パネルを2枚つなげても折り畳みの中間線が見えにくい
しかし、JDIの本命はこれではない。現在、フルアクティブディスプレーの進化版として仕込んでいるのが、フレキシブルタイプの新型液晶パネルだ。アップルに売り込んだ試作品も、この液晶を採用したものと見られる。11月に入り極秘のプロジェクトチームが結成され、現在急ピッチで開発を進めている。
これは液晶の基板に、ガラスではなくプラスチックを採用したもので、有機ELのようなフレキシブル性を液晶パネルでも実現することができる。有機ELほど湾曲させることはできないが、緩やかなカーブをつけた画面を成型できるという。2017年度上期にも石川県内の工場に試作ラインを設ける計画で動いている。
有機EL開発に苦戦しているJDIにとって、このフレキシブル液晶の量産開発を成功させることの意味は大きい。対有機ELの強力な商材として、早期の市場投入を目指す。
最後の要因が、アップルの焦燥だ。
「当面はサムスンに頼るしかないのか」──アップル社内ではここ数カ月、こんな懸念が漂っている。アップルは元々、2017年の一部モデルに有機ELを採用し、2018年に半数、そして消費者の反応を見つつ2019年には大半のスマホのパネルを有機ELに変える計画だった。
しかし、頼みの綱であるJDIも韓国のLGディスプレーも、スマホ向け有機ELパネルの開発に苦戦。台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業とシャープ連合も、「有機ELの需要は不透明」(戴正呉社長)と慎重な姿勢を見せ始めている。有機ELの量産工程の難しさや、莫大な資金がかかることを懸念しているとも言える。
サプライヤーのこうした現状を見て、「必ず有機ELでなければならない」としていたアップルの姿勢が少しずつ変化している。現状のままでは、アップルは当面、スマホメーカーとして競合関係にあるサムスングループに有機ELの調達を頼らざるを得ない状況が続くことになる。
冒頭のプレゼンの際、アップルの幹部はJDIが用意したフレキシブル液晶に大きな関心を寄せたという。本採用はまだ決まっていないが、有機ELに固持していたアップルの姿勢に変化が現れて来ていると見ることができる。
JDI、最後のチャンス
「ゲームチェンジャーになる」
JDIの有賀修二社長兼COO(最高執行責任者)は、業界の流れが有機ELへとシフトしていることを認めながらも、液晶へと流れを引き戻したいと強調する。潮目が変わったとは言い切れないが、足元で再び液晶に注目が集まりつつあることは確かだ。
韓国勢は今も有機ELパネルの量産投資を加速しており、中国勢も政府の支援を後ろ盾に次々と資金を投じている。JDIにとって、有機ELシフトの流れを断ち切る「最後のチャンス」なのかもしれない。
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