トランプ氏の勝利を、日本の「有識者」とマスコミの多くは予測できなかった。伊藤忠商事の前会長である丹羽宇一郎氏は、政治家も官僚も経営者も、「有識者」たちはこれを機に、米国の状況を把握するうえで旧来の人脈が十分に機能していない現実を直視すべきだと説く。(構成:大竹剛)

トランプ氏が米大統領選に勝利したことで、いわゆる「有識者」とマスコミが大騒ぎしている。だが、慌てることはない。政治・経済を1人の男だけでは何も決められるわけではないからだ。組織のトップに立ったことがある者なら分かるだろうが、結局、トップが力を発揮できるかどうかは、スタッフを自らの思い通りに動かすことができるかどうかにかかっている。トランプ氏がいくら言っても、スタッフに恵まれなければ、何も動かせないだろう。
どんな組織のトップも、部下が動かなければ鬱になり、夜も眠れなくなる。それは、トランプ氏だって例外ではないはずだ。これから、いろいろな意見が周りから出てくるに違いないが、自分の考えに同調し、動いてくれる優秀なスタッフをどれだけ確保できるか。トランプ氏が自らの主張を実行できるかどうかは、そこにかかっている。
何を言おうが、グローバリゼーションは止められない
まだ政権移行チームが発足したばかりで、トランプ氏が何を考えているかは、誰にも分からない。女性蔑視や人種差別のような暴言ばかりが注目されたが、経済や外交などで具体的な政策は、どうなるか現時点では分からない。それなのに、株価や為替が乱高下し、それに一喜一憂するのはバカげている。
中国からの輸入品に高い関税をかけるというが、これほど中国に様々な製品の生産を依存している状況で、そのようなことが本当にできるのか。法人税を下げるというが、財政が厳しい中でどこまで実現できるのか。トランプ氏の発言通りにすべての政策を実施したら、米国も立ち行かなくなるはずだ。
トランプ氏が何と言おうが、グローバリゼーションは止められない。メキシコとの間に壁を作っても、ヒト、モノ、カネは穴を掘ってでも国境を越えるに違いない。
そもそも、グローバリゼーションは一気に進むものではなく、長い時間がかかって進行するものだ。進行具合は、それぞれの国が置かれている状況によって違うだろうが。
TPP(環太平洋経済連携協定)についてもそうだ。それぞれの品目を詳しく見ると、関税撤廃まで十数年の猶予があるものも少なくない。その頃、世界経済の状況がどのようになっているのかなど、誰にも予測できないだろう。自動車業界を例にとってみても、電気自動車が普及し世界の業界の勢力図が一変している可能性もある。農業についても、気候変動の影響などで、輸出入の前提条件が大きく変わるかもしれない。
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