トランプ大統領の初来日では、北朝鮮に関心が集中した。だが、実はビジネスの観点では「日米FTAへの言及がなかった」ことこそ、注目すべき点だ。なぜ、言及がなかったのか。それは、事実上、既に交渉が始まっているからだ。

80年代の見出しを見ているような貿易問題
今回の日米首脳会談。対北朝鮮政策で日米が緊密に連携を取るのが最大のテーマだったが、経済問題はどうか。
「貿易赤字の是正求める」「市場開放迫る」とメディアの見出しは1980年代の貿易摩擦を見ているようだ。さらにトランプ大統領はしきりに「互恵的」な貿易を求めていたが、これも80年代の亡霊を見ているようである。2月の首脳会談の時にも指摘したが、その時、共同宣言にない「互恵的」という言葉をトランプ大統領が共同記者会見で発した時には、はっとさせられた。かつて米国はこの言葉を振りかざして、日本は「結果の平等」を求め続けられた苦い歴史が思い出された。
しかし、今は80年代とは状況が大きく違う。かつて米国の対日貿易赤字は全体の赤字の6割近くを占めていたが、今は1割にも満たない。日本企業も対米投資をして米国で86万人の雇用を生んでいる。安倍首相もそのことはトランプ大統領に説明したようだ。
注目はトランプ大統領が日米自由貿易協定(FTA)に言及するかどうかであったが、首脳会談ではなかったようだ。事前にはトランプ氏が強く求めてくるのではないかと日本政府は身構えていたことからほっとしている向きもある。
なぜトランプ氏は日米FTAを言い出さなかったのか
しかし、これは現時点であえて明示的に日米FTA交渉を求める必要がないからだ。日米間では既に、事実上の日米FTA交渉が行われているのも同然なのだ。
今回は米国内の支持層向けには、日本に対して強く対日貿易赤字に対する不満を言って、ツイッターに書ければ十分だった。
米国がイメージしているFTAとは、決して包括的なものではない。「個別案件の寄せ集め」で十分だ。錦の御旗は「対日貿易赤字の是正」である。
自動車業界、畜産業界、農業団体、製薬業界。こうした業界の個別利益を日米経済対話の場で日本側に要求していく。それを「対話」と呼ぶか「交渉」呼ぶかは、もちろん厳密には違う。過去、米国の圧力の下、厳しい通商交渉を強いられた苦い経験や国内への配慮もあって、日本はこれまでも「対話」という呼び方にこだわってきた。ただし、実態的には日米双方のやり取りは、「交渉」とそれほど差があるわけではない。
実態的には、「対話」の結果が「事実上のFTA」になっていくということになる。実利を考えれば、FTA交渉と呼ぶかどうかよりも、「交渉の実態」が大事なのだ。
従って今、トランプ大統領が明示的に「日米FTA」と言い出す実益はない。ペンス副大統領やライトハイザー通商代表部(USTR)代表が既に日米FTAに言及していることで、米国の関心は十分に日本政府に伝わっている。
米国としては、米国の意図が日本政府に伝わってさえいれば、どの段階で「正式のFTA交渉」と言うどうかは、日米双方の事情で決めればよいということだろう。
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