日本と投資協定について実質合意し、サイバーセキュリティーに関する技術協力の締結も間近に控える中東の技術大国、イスラエル。同国で「イスラエルのビル・ゲイツ」と称される著名実業家、ゾハー・ジサペル・RADグループ元会長が日本の自動車産業に照準を合わせ、新たなビジネスに乗り出そうとしている。その狙いについてジサペル氏に語ってもらった。
自動車分野で日本とイスラエルのビジネスの橋渡しをしようと計画しているそうですね。
ゾハー・ジサペル氏(以下、ジサペル):元々私は通信の分野でスタートアップを立ち上げてきたが、最近は自動車関連の事業にも乗り出している。そして、自動車産業に於いて日本は世界で1、2を争う大国だ。日本は完璧な品質を作り上げることに長けている。驚くべき技術だ。私自身最近までレクサスのハイブリッド車に乗っていたが、パワートレインの切り替えが非常にスムーズで驚いた。こんな車の設計と生産の両方ができる国は日本以外にない。この日本でイスラエルのハイテク技術を導入していくのが私のビジネスだ。
混乱期にある産業、激しい変化が起こっている産業を狙うのがスタートアップを成功させる秘訣だ。以前はコンピューターやスマートフォンの革新が進んでいた通信分野がそうだった。
同じ事が今、自動車産業で起こっている。「電動化」、「自動運転」、そして「カーシェアリング」という3つの革新だ。これらの大きな変化こそ私にとって商機になる。ここ2年で多くのイスラエルのスタートアップが自動車産業に参入してきている。
ゾハー・ジサペル氏
RADグループ元会長
イスラエル国防軍を退役後、1981年にモデムなどの通信機器を手掛けるRADデータコミュニケーションズを立ち上げた。以降、無線通信やビデオ会議などの通信関連スタートアップを計29も起業。「イスラエルのビル・ゲイツ」「ハイテク産業の父」とも呼ばれる。RADグループのトップからは退いたが、未だにグループ内外の15の企業で取締役を務めている。日本では投資助言会社のコランダム・イノベーションと協業し、イスラエルの技術導入を図っている。
イスラエルにインキュベーションセンターを
イスラエルの技術を売り込む上で、どんな戦略を考えていますか。
ジサペル:自動車メーカーにイスラエルに少額投資をしてもらい、革新的な技術を見つけてもらうことだ。まずイスラエルのスタートアップでどんな技術開発が進んでいるかをみてもらう。例えば日本の自動車メーカーの出資で、イスラエルにインキュベーションセンターをつくり、次世代の自動車技術を育てることを計画している。
米国の通信関連の大企業では、イスラエルにこうした拠点を置いていない会社を探す方が難しい。シリコンバレーから来ている企業もざっと100は例を挙げることができる。
日本の自動車メーカーと具体的な計画を進めているんですか。
ジサペル:意見交換を始めているところだ。
日本の経済産業省によると、イスラエルに進出している日本企業はまだ30社程度とのことですが、公に発表せずに活動している企業があるとも言われています。日本の自動車産業の動きはイスラエルではどれくらいあるのでしょうか。
ジサペル:公表している以上の動きはある、とは言えるだろう。日本の自動車メーカーもイスラエルをしばしば訪れてはいるが、まだ拠点を作るような大きな動きではない。
日本の「NIH症候群」をどう克服する?
イスラエルと日本の間のビジネスを手掛ける方からよく聞くのが「NIH症候群」、つまり「内部で開発されていないもの(Not Invented Here)を受け入れない」という日本の企業風土です。系列の部品メーカーとの結びつきが強い自動車産業は特に保守的なのではないでしょうか。
ジサペル:私自身、30年間の日本でのビジネスの経験がある。やり方は心得ているつもりだ。確かに日本の企業と外国企業が協業することに困難はあるが、十分にいい仕事ができたと思っている。我々が良い製品を持っていることを知っている日本企業もあるからだ。
例えばイスラエルはサイバー防衛において最先端を走る国だ。私が取締役を務めている出資先の1つにも、自動車のサイバー防衛を手掛けるアルグス・サイバー・セキュリティという会社がある。車の内部もゲートウェイも、あらゆる部分の対策を持っている。
サイバー防衛は生モノの技術だ。ウイルスやマルウェアは常に進化するので、未来にやってくる問題に備えていなくてはならない。アルグスはそんな技術を持っている。車のセキュリティーに於いては世界一の会社だと信じている。
トヨタ(自動車)だってこうした最上のソリューションをほしがるはずだ。日本の自動車メーカーは保守的なだけでなく、品質を最も重視するからだ。
低価格の距離測定センサーに商機
他にはどのような技術が、日本の自動車産業で商機があると思いますか。
ジサペル:これも私の投資先だが、イノヴィズテクノロジーズが手掛けるライダー(光を用いた距離測定センサー)は有望だ。ライダーは高解像度で、3次元の映像解析ができ、距離も測れる。ライダーが自動運転の鍵を握るメーンのセンサーになると考えている。
ライダーは高価格が普及の障害になっています。同じイスラエル企業のモービルアイも、単眼カメラの映像解析チップを世界中の自動車メーカーに納入し、カメラをメーンのセンサーにする青写真を描いています。
ジサペル:確かにモービルアイは素晴らしいビジネスをしていると思う。ただし、私は違う意見を持っている。
カメラは我々の眼と似た機能を持っているが、複雑な運転ができるのはその映像を空間として認識する脳が優秀だからだ。神様は実にいい仕事をした。その仕事に車のソフトウェアが追いつくにはまだまだ時間が必要だ。だから、我々はセンサーそのものをもっと賢くする。センサー自身が距離を測り空間を解析すればいいのだ。
モービルアイが指摘するとおり、ライダーは価格がネックだ。なので、イノヴィズでは低価格のライダーを開発している。カメラと変わらない価格だ。ライダーが開発された当初は7万ドルもコストがかかった。これでは実用的じゃない。しかし、私たちは100ドルで生産できる見込みだ。5センチメートル角の立方体の中に3つの異なるチップを積んでいる。ここに価格の秘密がある。適正にデザインされたチップを選択すれば、価格は下がるものだ。
イスラエルはスタートアップの育成が得意
日本とイスラエルの2カ国間の関係は、投資協定の合意など経済面での進展が見られます。今の状況をどのように捉えていますか。
ジサペル:日本での30年間のビジネスの経験の中でも、今が最もチャンスがあると感じている。日本とイスラエルの間には大きなビジネスチャンスがある。両者は補完関係にあるからだ。日本はハイテク産業において大企業を育て上げてきたがスタートアップの育成は苦手だ。イスラエルはスタートアップの育成が得意だが、大企業を産む土壌がない。
しかし、日本もイスラエルも優れた技術を持っていることに違いはない。だからそこにビジネスチャンスがある。私もこれまでずっと考えてきたことだが、大きなディールはこれまで成功してこなかった。
日本は今、シリコンバレーで革新的技術を探している。だが、イスラエルからならより安い価格で技術を買うことができる。シリコンバレーのベンチャーは、米国の外で協業相手を探そうとは思っていない。しかし小国のイスラエルはいつでも海外からの投資を待ち望んでいる。だから日本にとっても今は大きなチャンスなんだ。
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