そして23日の演説。エルドアン大統領は とうとうムハンマド皇太子に最後の引導を渡すことをしなかった。アップルウオッチに録音された強力な証拠があるにもかかわらず、その内容を伏せ、殺害事件の黒幕に対して一言も触れることがなかった。それどころか、「サウジのサルマン国王の対応に全幅の信頼を置いている」とまで言い切ったのだ。

 善悪、好悪は別にして、エルドアン大統領は「政治家としての天賦の才」を見事に発揮したと言えるだろう。サウジがトルコへの態度を翻せば、親サウジのアラブ首長国連邦、エジプト、ヨルダンなどアラブ諸国も、トルコに対しこれまでのような対立的な態度を取るのが難しくなる。

 エルドアン大統領とて精錬潔白の身とは言い難い。2016年のクーデター未遂事件以降、証拠もないままに5〜6万人の国民を拘束・逮捕し、15万人を超える警察官や検察官、公務員、教育者を停職・解雇に追い込んでいる。そんな姿はちらりとも見せず「正義の番人」役を見事に果たしたことになる。

 「政治的天才」とは確かに存在すると痛感する1日となった。

松富 かおり
ジャーナリスト・キャスター
元駐トルコ公使夫人
1959年生まれ。1983年、東京大学を卒業し、TBSに入社。「筑紫哲也 ニュース23」などでキャスターを務める。外交官と結婚。ビクトリア大学で国際関係学の修士号を取得。駐トルコ公使、駐イスラエル大使、駐ポーランド大使の夫人として外交活動をサポート。2013年からジャーナリスト活動を本格的に再開。