サウジ王家を潰し、憎い米国の鼻を折る

 一方の、エルドアン大統領はムハンマド皇太子とは真逆の人物といえる(強権主義という点では同じだが)。彼が掲げる「新オスマン主義」はある種の「復古主義」だ。

 トルコは、ケマル・アタチュルクが打ち立てた世俗主義・西洋化・近代化の精神を守り、冷戦中も西側世界で最も信頼できる同盟者としてふるまった。しかしエルドアン大統領はその支柱である「世俗主義」を10年かけて骨抜きにしてきた。メディアを使った冤罪事件と「国民投票」でトルコ国軍の牙を抜き、憲法裁判所も人事権を握ることで手なずけ、イスラム的価値観を前面に出す「エルドアンのトルコ」にトルコを作り変えた。

 今年6月の大統領選で、立法、行政、司法、軍、メディアの支配権を握るスーパー大統領になったいま、エルドアン大統領が次に求めるものが「宗教的イスラム世界のリーダー」であってもおかしくない。

 これらの背景を考えれば、カショギ氏の事件が起きた時、エルドアン大統領の頭をよぎったのは「なんという神の恩恵!!」という言葉ではないだろうか? これで、スンニ派イスラム世界の盟主を気取るサウジ王家を潰し、憎い米国の鼻をへし折ることができる!!

 情報は小出しにして長くメディアの関心を引き、このスキャンダルを世界の人間の頭に焼き付けた方が良い。策略家であり、メディアの使い方にも長けている同大統領はそう思ったことだろう。

 ストリートファイター型のエルドアン大統領にとって演説で聴衆の心を動かし、敵を攻撃し、聴く者の心の中に疑惑のタネを埋め込むのは簡単なことだ。同大統領の政治的キャリアの大半はそうやって勝ち取ってきたものなのだから。

 そして「大事な真相を明らかにする」と予告してあった10月23日、同大統領は自分の姿が世界中のテレビで流されることを十分に意識し、トルコの「君主」にふさわしいオーダーメイドのスーツに身を包み、颯爽と演壇に登場したのだ。

エルドアン大統領の胸の内

 しかし、ここでもう一つ、別の展開がありうることに筆者は気づいた。

 エルドアン大統領は、この事件をめぐって、米国のマイク・ポンペオ国務長官の訪問を既に受けている。この時、持っている情報と引き換えに、シリアのクルド問題について米国に再考を促すことができた。トルコの国境に近いマンビジからクルド系の民兵を引き揚げさせることも再確認したことだろう。トルコと米国の間に突き刺さる最大の棘について解決の糸口がつかめたのだ。

 エルドアンはもう一度考えたに違いない。この事件をテコにして、憎い米国とサウジの仲を壊すことができる――。「しかし」。「今、自分がどう動けば一番大きな『恩』をサウジと米国に売れるのか」と?

 サウジのサルマン国王はエルドアン大統領にすでに2回も電話をかけて謝意を表している。それはなぜか?

 サウジの国王が最も恐れるのは最愛の皇太子の将来を潰すこと。宮廷内クーデターの導火線に火をつけてしまうこと。石油依存経済からの脱却という構想を実現する可能性をなくすことだ。

 万一、ムハンマド皇太子の関与が明らかになれば、皇太子と親しくしてきたトランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏はダメージを受ける。しかし事はそれにとどまらない。当初サウジ王家をかばう発言をしたトランプ大統領自身も傷を負う。

 だから、脅すだけ脅し、真相究明を引き延ばし、世界中にサウジのグロテスクな内幕を印象付けたあと、最後の最後にサウジに貸しを作ろう。そうすれば同時に米国、いやトランプ大統領にも大きな貸しを作ることができる。

 トルコはいま、エルドアン氏が2002年に政権トップに就いて以来、最大の経済危機・金融危機に直面する。豊富な資金を持つサウジアラビアから何らかの支援が期待できることだろう。もしかしたら将来、米国がトルコに科す経済制裁が和らぐ可能性が出てくるかもしれない。