日産の「リバイバルプラン」、再び

 もう一つの理由が、日産の想定以上に三菱自動車社内の腐敗が進行していたことにある。2016年8月30日、一連の燃費不正を受け、社内で正しい燃費データを測定する時にも「不正な行為があった」(国土交通省)ことが発覚した。本来であれば複数の試験結果のうち中央値に近いデータ3つを採用するところ、自社に都合の良いデータ3つを選んでいたという。

 「今の三菱自動車は以前の日産に似ている」

 日産関係者はこう打ち明ける。リコール隠しや燃費不正のような不祥事はなかったものの、1990年代の販売不振とバブル崩壊後の環境変化に対応しきれず、日産は98年には約2兆円の有利子負債を抱える経営危機に陥った。99年、仏ルノーから日産に乗り込んだゴーン氏が発表した「リバイバルプラン」では、調達先の集約や工場閉鎖などの大胆なコスト削減策を打ち出し、業績のV字回復を成し遂げた。ゴーン氏の経営者としての手腕を世界に広く知らしめた「原点」でもある。

 ゴーン氏の会長就任が明らかになった19日、三菱自動車は2017年3月期の業績予想の下方修正を発表した。営業損益は従来予想の250億円の黒字から280億円の赤字へ、最終損益も同1450億円の赤字から2400億円の赤字へと引き下げた。燃費不正に伴うユーザーなどへの補償費用や軽自動車を生産する水島製作所の減損額の見直しに加え、新興国市場での販売台数の減少、足元の円高の影響を織り込んだ。

 膿を一気に出し切り、業績を急回復させるのがゴーン流の企業再建だ。不正の検証でさらに不正を上塗りする今の三菱自動車には、全ての常識を180度転換させるくらいインパクトのある改革が不可欠だ。「それを実施できるのは自分しかいない」。ゴーン氏がこう考えたとしても不思議ではない。

 そして、日産、ルノーに加えて経営の「3足のわらじ」を履くことになり、海外に滞在する期間の長いゴーン氏が、自分と三菱自動車の現場をつなぐ「通訳」として益子氏の残留を望んだのだろう。ゴーン氏は益子氏を「マスコサン」と親しみを込めて呼ぶ。今回の資本提携で益子氏は、自らフランスに出向いてゴーン氏と会い、直接交渉をしたとされる。

 

 10月13日、三菱自動車は日産と5月に締結した提携に関する契約内容の変更を発表している。日産が三菱自動車株を第三者に譲渡しない期間を「3年間」から「10年間」に伸ばしたのだ。三菱自動車の再建に本腰を入れようとする意志の表れとも言える。

 舞台を三菱自動車に移し、ゴーン流改革の第2幕が始まろうとしている。