年金財政の逼迫で、長く働き続けなければならない現実が迫っている。いわば、定年がなくなる「無定年」時代の到来だ。60歳で定年を迎え、悠々自適の余生を送ることは、もう期待できない。シニアになっても働き続けるとはどういうことか。3人の働き方からヒントを探ってみた。
「綿密にシミュレーションをしましたよ」。そう明かすのは、今年3月に大手メーカーを退職した室芳樹氏(57)。役職定年を迎えたのを機に、40代で取得した中小企業診断士を生かした仕事を手掛けようと考えた。
働くシニアが増えている(写真:Trevor Williams/Getty Images)
もっとも、住宅ローンが残っている室氏。子供も小学6年生とまだ小さい。65歳以降に年300万円ほど年金を受け取れるはずだが、少なくともそれまでは稼がないと貯蓄を取り崩すだけだ。
そこで将来の家計収支を試算した。
まず、前提に置いたのは100歳時点でも生活ができること。そして自身の資産や貯蓄と、将来、受け取る年金の予想受給額から見込まれる収入を計算し、生活費や医療費などの想定支出額と照らし合わせた。65歳以降の年金については70歳までは貯蓄に回すことを条件にした。「健康なうちは働き続けたいから」と室氏は話す。
そうしてはじき出されたのが、年収300万円は必要ということ。今はまだほとんど収入がないが、まずは中小企業経営者の人脈を広げようと、様々な交流会に顔を出す。「今は将来に備えた『種まきの時期』。2~3年で目標を達成したい」と室氏は意気込む。
役職定年を一つの区切りに独立の道を選んだ室氏。一方で定年後も会社に再雇用されて、とどまり続ける道もある。もっとも、それも厚生年金の受給が始まるまで。多くの再雇用者は65歳までに雇用が打ち切られる。
再雇用後も仕事探し
山田孝一氏(仮名、64)は、再雇用されてからも「次の職場」探しをしていた。年齢が高くなればなるほど求人は減り、仕事もなくなるからだ。希望したのは待遇面が嘱託時代と同水準で、社会保険にも加入し、厚生年金を払い続けられるところ。年金を払い続けられれば、本当にリタイアした時に得られる年金額も増える。
見つけたのはギョーザ製造工場の仕事。今は週5日、朝5時半から午後2時半まで働く。職場には70歳過ぎても働き続ける人もいるという。ギョーザ工場はそれまでのキャリアとは全く違う仕事ではあるが、山田氏は「すべてが新鮮」と満足そうだ。
シニアが働き続ける理由は様々(写真:Yagi Studio/Getty Images)
「無定年」時代を生き抜く上では健康であり続けることも肝心だ。年齢を重ねるほど、医療費は膨らむもの。医療費がいくらかかるかで、家計の収支は黒字にも赤字にもなる。いつ来るともしれない「年金激減」に備える上でも、健康寿命を延ばし、医療費をできるだけ抑えることが必要になる。
そんな生き方を体現するのが、食事の宅配サービス「ワタミの宅食」の配達スタッフとして働く田中茂雄氏(84)だ。平日の朝9時に自宅から自転車で10分の営業所に出勤。その後、配達用の電動自転車にまたがり、3時間ほどかけて、近隣の25軒ほどの契約者の家を回って弁当を届ける。
毎日、体を動かしていることが健康の秘訣。田中氏は夫婦ともども医療費がかかることがほとんどないという。しかも、地域の人から必要とされている実感を得られることも大きい。弁当の配達先は田中氏と同年代の高齢者が大半を占める。その多くが単身世帯。「昨日から誰とも話していないんだよ」。一人暮らしの利用者から、そんな声を聞くこともしばしばだ。仕事を通じて地域を支えている。その誇りが、田中氏が働き続ける原動力になっている。
現役世代の未来図ともいえる3人の働き方。だが、本当に働き続けなければならない「無定年」時代は来るのか。その足音は確かに迫っていることは、この夏示された、ある試算が裏付ける。
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