忖度されたら敢えてひっくり返す
代々受け継がれている経営手法として、「香り」「デザイン」「企画・宣伝」の3つを代表権を持つ人間が決裁する「三大決裁」があります。
「香料」の決裁は、月曜朝一でやります。前の日は香りのきついものや深酒は当然禁止。不思議なもので、鼻は鍛えるとだんだんよくなってくるのです。人間の香りの記憶は実はとても強いと思っています。当社の商品はよく化粧品専門店さんからも、「ある一定の範囲の中に入っていますよね」と言われます。「コーセーっぽくないな」という香りでも、ある一定範囲内に入っている。そういう話を聞くと、香料決裁の意味があるのかなと思います。コーセーとして、「やってはいけない香り」をやらないというのが、お客様にとっても安心感に繋がっているのかもしれません。
私も入社以来31年目で、それこそ祖父(初代社長)、父(2代目社長)、おじき(3代目社長、現会長)と歴代社長を全部一緒に見ながら仕事をしてきたわけです。なので、全部覚えているんです。こういう商品は売れなかったとか、この商品は売れたとか、こういうデザインはよかったとか。香りに関しても頭に残っているんですよね。企画段階で大体売れるか売れないかが分かることが多い。
(2015年2月の発売後1年で500万個というコーセー史上最も売り上げたネイルブランド)ネイルホリックも、企画段階からいけそうな予感はありました。名称や(68色という異例の)色数は、議論を重ねましたが、企画が先鋭化していくうちに、これはかなり売れるんじゃないかという感触がありました。特に、化粧品のような商品は、意外にトレンドが10年単位で繰り返します。例えば、口紅で言えば、ピンクが流行ったと思ったら、最近また赤が流行っているでしょう。そうした意味でも、同族経営という1本の道で繋がった経営ができているのは大きいことなのかもしれません。
一方で、思い切った今までにない商品が出づらかったり、社長が「好きそうな企画」という忖度が生まれてきたりといった弊害がありませんか。
ありますね。社長好みのデザインや社長好みの香りになってきたり、無難なアイデアを出してきたりといったことはあります。逆にそういうのもすぐ分かってしまうのです。そうなってきたなと思うと、敢えて逆のことを言ったり、発売が遅れても良いからやり直しさせたりということはやります。
現在は、代表権が小林社長のみ。1人の「感性」で三大決裁をこなしていくのは、偏りが生まれたり、リスクだったりしませんか。
1人になったおかげで、むしろ色々な外部の意見を聞くようになりました。マルセル・ワンダースやスティーブン・ノル、ジル・スチュアートといったデザイナーやスタイリストもそうですし、海外で活躍するメーキャップアーティスト、日本で何十年と活躍する美容ライターの方々など、とにかく色々な方の意見や考えを貪欲に聞いているつもりです。
新入社員の採用試験も例外ではありません。最終面接ではなく、選考過程から私自身が参加します。採用という側面だけでなく、私自身のマーケティング調査の一つになるからです。若い人たちが何を考えているか、当社の商品の欠点は何か、宣伝方法はどうか。例えば、雪肌精について、ある男性の学生が「母親から買ってもらってから、ずっと使い続けている」と言っていました。よく社内でも「男性用の雪肌精を出してはどうか」という意見が「出ては消え」を繰り返しているのですが、こうした意見を聞いていると、「出さなくていいのではないか」という判断の一助になるのです。なぜなら、すでに代理購入で男性も買っている。その後も買うことに抵抗がない。無香料タイプなどがあるのはいいけれど、「男性用」と打ち出す必要はないのではないか、と。
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