日本マクドナルドホールディングスは9月6日、8月の月次業績を発表した。既存店売上高は前年同月比15.9%増。客数は7.5%増、客単価は7.9%増で、2016年1月以降8カ月連続で、売上高と客数、客単価が前年を上回った。
7月22日に日本で配信されたスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」とコラボレーションして、久しぶりに注文を待つ長い行列が見られた店もあった「マクドナルド」。今回の8月実績は、「ポケモンGO特需」への注目が集まる中で発表された。業績に対する一定の効果があったとは考えられるものの、今年に入ってからの回復基調を踏まえれば、爆発的なインパクトがあったとまでは言い切れないレベルの意外な結果だった。
とは言え、2014年夏以降に発生した中国の鶏肉仕入れ先での賞味期限切れ問題や異物混入騒動による落ち込みから、脱却しつつあるのは間違いない。日本マクドナルドホールディングスの2016年1~6月期の連結決算は、最終損益が1億5800万円の黒字(前年同期は262億円の赤字)で、既存店売上高は23.2%増。利益は最高益だった2011年12月期を大きく下回る水準ではあるが、確実に反転基調にはある。8月実績が、回復スピードの減速を「ポケモンGO」効果でカバーした結果でないのであれば、本格回復へ前進しつつあるとみていいだろう。
今月12日からは、「ビッグマック」などのハンバーガーとドリンクで400円のセットなどを販売して、平日の昼メニューの戦略を強化する。同社は現状をどう捉え、書き入れ時の秋から冬に向けてどのような手を打っていくのか。下平篤雄副社長兼COO(最高執行責任者)に聞いた。
(聞き手:河野 紀子)
「順調に点数は上がっている」
日本マクドナルドホールディングスの下平篤雄副社長兼COO(最高執行責任者)(写真:秋元忍)
業績は回復基調にありますが、点数を付けるとすると何点ぐらいの評価でしょうか。
下平:社長が描く2018年までのビジョンを100点満点とすれば、まだ途上でしょうね。ただ、達成度は上がり、順調に点数は上がっている感じです。
2018年までに既存店の売上高はさらに伸ばしたいと考えていますので、ここで満足せず、さらに次の手を打っていかなければなりません。
業績回復に向けた「リカバリープラン」には、①よりお客様にフォーカスしたアクション、②店舗投資の加速、③地域に特化したビジネスモデル、④コストと資源効率の最適化――の4つの施策を掲げています。これは成長のためのプランであり、大きく変わることはありません。
ただ、リカバリーするためのアクションと成長するためのアクション、これは違います。これまでのリカバリーのアクションは非常にうまくいき、ファミリーのお客様の来店が回復し、1店舗当たりの平均月商もリカバリーするなどのいい結果は出ています。今後、様々なアクションの中身は、当然変わって来るでしょう。
「当面は、既存店舗のレベルアップに集中する」
2015年秋以降に、不採算店を中心に閉店を進めました。成長のために新規出店を積極的に行うことはないのですか。
下平:リカバリープランでは、我々の大きなターゲットの中で、既存店の売り上げ、平均月商を上げることを掲げています。お客様の数が増えるということは、それだけマクドナルドとのつながりが増えるわけなので、今はそこに集中していこうと考えています。
マーケットに影響する部分なので、店舗数の計画についてはお話しできませんが、一般論として厳しい状況になれば修正しなきゃいけないし、伸びる可能性があれば投資もしなければいけない。ですから、フェーズに合わせて毎年きちんとしたアクションプランを立てて、ステークホルダーやメディアに話していくことになると思います。
既存店について、2018年までに9割の店を改装する目標を立てています。
下平:マクドナルドでお客様が感じていただく価値として重要なものに、店舗空間とテイクアウトがあります。客席で食事を楽しむ場合と、車の中や自宅で食事するなど様々です。そのパターンをきちんと観察して、どのような改装に投資すべきかを考えています。
改装には、壁紙や天井の照明、外壁や看板を変えるイメージの改善のほか、利便性を高めるものがあります。お客様の変化によって1テーブル当たりの人数を変えたり、客席を減らして広く使いやすい店にしたり…。これはマクドナルドが昔から積み上げてきたノウハウです。
店を取り巻くマーケットの変化を一番よく分かっているのはオーナーや店長ですから、どんな改装にするのか、納得するまで徹底的に話し合って、様々なアイデアを出し合っています。
周辺のマーケットが変わらない場合、改装によって売り上げは5%増えるという効果が出ています。最大で、20%売り上げが増えた店もありました。
地区本部制を入れてから、各地区に改装に関わる担当者を置くようになったので、本社で一括して決定していた以前と比べると、改装がスピーディーに進んでいます。
改装でレジカウンターを変えた店も増えてきました。商品を注文して会計するレジと、商品を受け取る場所が分かれています。
下平:このDPS(デュアルポイントサービス)の店は、お客様からは「非常にわかりやすくなった」という声をいただいています。実際にサービスのスピードも上がっています。
店のオペレーションも楽になります。今までのカウンターでは、各レジごとに注文を受ける人と会計をする人、商品を取り揃える人が決まっていました。混雑時はこのチームの作業バランスはとくに重要で、注文を受けるのを早くし過ぎると、取りそろえる人が忙しくなる。
DPSは、どこの作業が滞っているのかが比較的明確になるので、注文がたまった時には取り揃えを手伝うとか、どのポジションを助けなければいけないかが、すぐ分かります。
「改装については、オーナーの方が積極的」
9月12日からは、「マクドナルド」は平日のランチメニューを強化する。目玉の一つが、「ビッグマック」などのハンバーガーとドリンクで400円の商品だ
店舗におけるアルバイトの採用状況はどうでしょうか。DPSによるオペレーションの改善は、例えば従来よりも少ない人数で、より効率的に働けるようにする狙いもあるのですか。
下平:もちろんそうです。昨年から、QSC(品質、サービス、清潔さ)を向上するように取り組んできましたが、同時に生産性も上げていかなければいけません。もちろん採用活動も大事ですが、トレーニングと辞めさせない活動、この3つすべてが重要です。1つでも欠けたらだめです。
今年の3月中旬から大規模な採用キャンペーンを実施し、1万7600人を採用できました。これは過去最高の人数で、大きな成果といえます。採用のウェブサイトのビューも多く、マクドナルドで働くことのイメージが上がってきたかなと思っています。しかし、十分とは言えません。セールスも回復してきて、それに合ったQSCを提供しなければいけない。その戦いは続きます。
我々は、採用後の90日(3カ月)の継続状況に注目しています。様々なことが分かるので。せっかく採用したのに3カ月で辞めるのは、採用の基準が悪かったのか、トレーニングが悪かったのか、お店の雰囲気が悪かったのか……。
トレーニングをきちんとやってあげることが、辞めさせない一番の方法だと思います。
先ほど触れた改装ですが、アルバイトの採用にも効果があります。先日、あるオーナーが、「店を改装したら、お客さんも喜んでくれて、採用に困らなくなった」と話していました。改装は、売り上げに対するのと同じくらい、働く人の気持ちにも効果があります。それらをバランスよく大事にしていくことが、成長につながると思います。
アルバイトのモチベーションを上げる活動は、福利厚生の充実、コミュニケーション、トレーニング、全てでつながっています。働く人は大切にされていると思ったら、自分が辞めても友人や後輩を紹介してくれます。FCチェーンの中には長年勤続したクルーを表彰する制度などを用意しているところがありますが、こうしたものを全体に広げていく。それが今年から来年にかけての、我々の大きなチャレンジです。
FCについては、鶏肉の事件以降に導入していた、経営支援策を終了しています。改装費用はFCが負担する形だと思いますが、「いつまでに改装してほしい」と本社から指示することはないのでしょうか。
下平:今後もFCに対しては、様々なサポートをしていきます。状況は、各地区、オーナーごとに全く違いますので、必要に応じて対応します。FCの成功なくしては、我々のビジネスは絶対に成功しないと考えているからです。
改装については、オーナーの皆さんの方が積極的ですね。早くやった方が得だと考えられているのかもしれません。営業時間も、個々のマーケットを見てオーナーと、会社で話し合っています。これから24時間営業をしたいというオーナーも多くいます。
生産性を高める点に関連して、東京・大森の店舗で、注文と会計を無人の機械が行うシステムを試験導入されていました。今後、導入は広がりますか。
下平:今もテストは続けています。米国や欧州ではだいぶ浸透してきましたが、日本は小さい店が多いので、海外のシステムをそのまま導入できない状況です。日本流にどうやってローカライズしていくかが課題だと思います。
面白い仕組みですし、お客様の利便性という観点ではいい面と悪い面が当然あるので、どうやって改善していくかがポイントになります。
「入社してからいい時期を経験していない若い社員を中心に」
業績が回復してきた中で、会社の組織や体制に変化があったのでしょうか。
下平:本社であるナショナル・サポート・オフィスでは、昨年から全社横断的に、回復に向けて自主的に議論したり、コミュニケーションを取ったりするプロジェクトチームが生まれました。マネジメントから「こうしろ」というのではありません。若い社員が中心となって、我々がやるべきことを明確にして、FCのオーナーや店舗のスタッフにきちんと伝えて、コミットメントしていこうというものです。
話し合いの結果から、今年1月にマクドナルドスタッフ宣言として、①Be! CUSTOMER(まずはお客様になって考えよう)、②Go! GEMBA(まず現場に行こう)、③Work! TOGETHER(まずはチームで取り組もう)、④Act! FIRST(まずは発言・行動しよう)──という4つの行動指針を決めました。
例えば、サプライチェーンとしてのBe! CUSTOMERであれば、商品を絶対切らさないようにするにはどうしたらいいかなど、それぞれの立場で考える雰囲気になっていると思います。
そうした中で、マクドナルドの次の成長のためには、一人一人の成長がチームの力としてまとまるように、個の力とチームの力の両方が必要だろうということで、「Power of ONE」というメッセージを掲げました。東京・新宿の本社も、(サラ・カサノバ)社長の提案で、ナショナル・サポート・オフィスに名称を改めました。
行動指針は、若いスタッフの方が中心になって作ったのですね。
下平:20代後半から30代前半で、入社5~10年の人たちが中心となりました。特に5年目くらいの社員は、入社してからあまりいいことがないわけです。社内は2012年ぐらいから何となく停滞し始めて、少しずつ成長の角度が弱まってきて、あの大きなインシデントがありました。ですから、マクドナルドが成長する姿ってあまり体験していないのです。
ルーティーンのやるべき仕事だけやっていては成長しないですし、たまに勝手に色々なことを考えたり、議論したり…。できるかできないかは別として本音で議論していく中で、解決策が出てくるのは日本マクドナルドらしいと思います。
今までマクドナルドではこうした議論を社内でしてこなかったのでしょうか。なぜ今、そういう動きになったのですか。
下平:経営がうまくいっているときは、それを継続しようとします。するとどうしても一時期踊り場があり、これは避けられません。成長の伸びが鈍ったときに、色々なことを考え、議論して新たなステージに上がっていくのが、今までの歴史です。ですから、たまたま今、ちょうど踊り場にぶつかったと私は思っています。
私が入社した1978年ごろは200店ぐらいしかありませんでしたが、今やその10倍以上です。当時とはまったく違うビジネスモデルになっています。
ですが、マクドナルドのこれからの成長は、マーケットやお客様の変化にきわめて忠実に、あるときは一歩先を予想しながら、あるときはちょっと後追いになりながら戦略を立てていく。これは変わらないでしょう。
「謙虚さがなく、戦略に走ってしまうと、経営はうまくいかない」
ドリンクなどの商品のパッケージのデザインも、9月中旬以降に変更していく
「Power of ONE」には社内だけのチームではなく、全店の6割以上を占めるFCオーナーや仕入れ先なども含まれるのですか。
下平:そうです。「Power of ONE」はそうした方々に向けたメッセージでもあります。マクドナルドのビジネスは、「3レッグスツール(3本足の椅子)」といって、サプライヤーとオーナー、マクドナルドの3者が一つにならないと成長できないという考え方があります。このバランスが重要で、どれが長すぎても椅子は倒れてしまいます。
食の安全に関する問題があったから、もう一度そうした方々との関係を考える、見直すきっかけになったということでしょうか。
下平:見直すというか、もっと謙虚に見るということだと思います。謙虚さがなく、戦略に走ってしまうと、経営はうまくいきません。
2000年代に入って落ち込んだ業績がV字回復して、過去最高の売上高を達成した際は、我々も非常に自信がありました。そうはいっても踊り場はやってきます。そこで一番重要なのが、我々のビジネスの基本に再度戻ることです。そして今のマーケットで何が必要なのか、今のお客さんにとって我々は何をやっていかなきゃいけないのかという発想になると、色々なアクションプランが自然に出てくるのではないでしょうか。
今年販売されたハンバーガーは肉のボリュームを強調したような商品が多いですね。やはり消費者は「マクドナルドはボリュームのある商品がいい」という評価なのでしょうか。年末に向けて、どのようなメニュー戦略を考えているのか気になります。
下平:新商品については具体的にはお話しできませんが、「バーガーラブ」というハンバーガー作りのこだわりや情熱などを伝えるキャンペーンをしたり、デザートの商品を強化したりしてきたので、その路線の進化形になるでしょう。
あまり何でもかんでもやるのは良くないと思います。お客様に対して、「売ってやっているんだ」ではなく、「買っていただいている」「何が買っていただけるのか」と謙虚にならなければいけない。そのうえで、マクドナルドのブランドの強みをどうやって生かしていくかでしょう。うちはハンバーガーレストランですから。
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