民主派らは議会の3分の1以上の議席を確保したため、重要な法案などで否決できる。中国本土の考え方が色濃く反映された選挙制度改革法案などを否決し、香港の急速な中国化を免れたい――。そうした思いが民主派の支持者の中にはある。

 香港は1997年に中国へ返還されたが、50年間は高度な自治を許す「一国二制度」が保証されている。だが、実際は中国本土の意向が強く反映されている。その象徴の1つである行政長官選挙の制度に反発する学生団体らが街の一部を占拠した雨傘革命はまだ記憶に新しい。

 昨年から今年にかけて、中国共産党に批判的な書籍を出版・販売する書店「銅鑼灣書店」の関係者ら5人が行方不明となり、中国当局によって拘束された事件は香港に限らず、世界中に衝撃を与えた。

 そのうち1人は、香港で拘束されて、適正な出入国の手続きを取らずに本土へ移送された疑いが強く、中国本土による言論の自由の制限が問題視されている。

 今回の選挙でも、香港政府が独立派6人の立候補を認めないという異例の措置を取るなど、中国中央政府を意識した動きに反発が広がった。

民主派の分裂

 香港の自由を維持すべく、民主派が一致団結すべきなのだが、昨年あたりから、民主派が求める方向性の違いから分裂し始めている。

 一国二制度を堅持する穏健な民主派が中心だが、暴動を起こして自らの意見を主張する過激な民主派が登場。また、香港は中国から独立すべきという考えを持つ独立派が支持を集め始めた。背景には、急速に中国化が進む香港において、何も行動を起こさなければよりその速度が速まるという焦りがある。

7月1日のデモでは、香港の独立を求める集団が目立った

 香港では年に何度か大規模なデモが行われる機会がある。中でも規模が大きいのは6月4日と7月1日に行われるデモだ。

 6月4日は天安門事件の追悼集会が中心で、7月1日は中国への返還を記念した祝日に行われる。天安門事件の追悼集会では集会の参加者が減少し、香港の民主派支持者の中にも、急速な中国化に対する「諦め」に近いものを感じた。

 一方、7月1日のデモでは独立を主張する人たちの台頭を感じさせられた。

 香港島の中心都市の1つである銅鑼灣(コーズウェイベイ)。デモ隊が歩く中、歩みを止めて歩行者に無言で訴えかける一団がいた。サングラスをかけてマスクをし、素性が分かりにくい格好をしながら、手には英国統治時代の香港の旗を持つ。中には「香港独立」と書かれたプラカードを掲げる者もいた。

 参加者の男性(21歳)は、「中国政府はもちろん、今の香港政府にも自分たちの将来を任せることはできない。自分たちの未来は自分たちで創る。そのためには独立こそ最善の道だ」と熱く語る。

深まる世代間対立の溝

 社会学者で香港中文大学講師の張彧暋(チョー・イクマン)氏は今回の選挙を次のように分析する。

 「香港の民主化は既に不可能という状況に陥り、今は自由はおろか、法の統治まで危険に晒されている。若者の尊厳が損なわれ、その奪回に向けた動きは独立要求となって『公民ナショナリズム』にひた走る。ただ、団塊世代または中流階層は生活保守主義のため、中立名目でも実際権威化に移動する。本土派や若者の要求に、民主派もなかなか意識せず思惟が麻痺する」

 自由を奪われる若者は、その鬱憤が独立欲求へと代わり、団塊世代は保守的になって世代間ギャップが拡大するという。

 本土派を含む民主派が30議席を確保して一定の存在感を示した形にはなった。だが、それぞれが目指す「香港の姿」は異なる。世代間の対立が深まる中では、香港が置かれている厳しい立ち位置に変化をもたらすのは、難しそうだ。