ファミマ沢田新社長、船出の挨拶「硬さ」の理由
「規模に限れば強くなった」 逆説的にセブン追撃の難路を表現
大きな仕事を成し遂げる。選挙で有権者に選ばれる。そんなとき、カメラを向けられた人が「これはゴールではなくてスタート」と語るのはよくあることだ。それにしても表情の硬さが目立っていた。ファミリーマート新社長、沢田貴司氏のことだ。9月1日、ユニーとの経営統合で新たな歴史を歩み始めたが、セブンイレブンとの首位決戦には課題が多いという事実を、自ら言い聞かせているようにも見えた。
サークルKサンクスを傘下にもつユニーグループ・ホールディングスとファミリーマートは9月1日、経営統合した。新たにユニー・ファミリーマートホールディングス(HD)が発足。サークルKサンクスの本部があった東京・晴海のオフィスビルでは同日、これまでサークルKだった1階の店舗がファミマに看板を替えてオープンした。
この日、報道関係者向けに開かれたイベントは、まず店舗を見学し、そのあとに記念式典という流れだった。記者も参加してきた。
新装開店した晴海のファミマには、同社が力を入れる総菜が並べられていた(9月1日、東京都中央区)
さっそくTポイントカードに登録するお客さんも
さっそくお店に入ってみる。当たり前ではあるが、そこには「普通のファミマ」があった。
Tポイント対応カードの登録募集ポスターを掲示するファミマのスタッフ(9月1日、東京都中央区)
かつて雑誌が並んでいた窓際は、最近ファミマが設置を推進しているイートインコーナーに変わっている。店内奥の冷蔵ケースには、食材の様子を見やすい透明なパッケージに入った総菜が並ぶ。これはファミマが「中食構造改革」を掲げて8月に導入した肝入りのパッケージだ。
サークルKサンクスでは買い物の額に応じて共通ポイント「楽天スーパーポイント」が使えたが、ファミマが採用するのは自ら運営会社に出資もしている「Tポイント」。ファミマに生まれ変わった店内には、Tポイント対応カードへの入会を勧めるスタッフが待機。さっそくイートインコーナーで席に座って手続きする高齢男性の姿も見かけた。
気づくと午前11時。記念式典が始まった。
目立っていたのが沢田氏の表情の硬さだ。にこやかな印象のファミリーマート統合本部長の竹内修一取締役、同営業本部長の上野和成取締役と横に並ぶと、その硬さはさらに際立つ。
沢田氏の社長就任は9月1日付。初日だから緊張しているのだろうか――。記者は最初そう考えたが、それだけではなかったようだ。沢田社長の挨拶が、何よりその硬さの理由を説明していた。
「店舗数に限れば」を3回繰り返す
「全国15都府県で、“店舗数に限れば”ナンバーワンになる」。沢田社長は挨拶をそう切り出した。言葉の裏にあるのは、規模ではトップ級でも、商品力やサービスなどの「質」では改善の余地があるという認識だ。ただ、こうした表現も一度なら、新会社発足に浮き足立つ社内や自身への戒めとも捉えられよう。
沢田氏は「店舗数に限れば…」と繰り返した(1日、東京都中央区)
しかし、それだけでは終わらなかった。沢田社長は「重要なマーケットである東京、愛知、大阪でも、“店舗数に限れば”ナンバーワンになる」と続けた。サークルKサンクスが地盤とする中部地方、ファミマがここ数年で出店攻勢をかけてきた大阪だけでなく、巨大マーケットである東京でも首位になるというのだ。
普通なら、もっと素直に誇ってもいい事実だが、それでも「店舗数に限って」は忘れない。沢田社長は最後に「両社が統合して、これから店舗数に限っては約1万8000店になるが、やはり品質を上げたい」と言って挨拶を終えた。
わずか数十秒で「店舗数に限れば」というフレーズが3回。これだけ繰り返されると、さすがに耳に残る。このあいだ、笑顔を見せることはほぼなかった。その後のテープカットでも、店長らスタッフと「お客さまの期待を超えよう」などと行動指針を唱和するときも、歯を見せて笑う様子はついに見られなかった。
沢田社長といえば、伊藤忠商事やファーストリテイリングに勤め、その後自ら立ち上げた企業再生会社リヴァンプでは外食産業を担当するなどの経歴があるプロ経営者だ。快活な性格で知られていただけに、この硬さは正直、意外だった。
テープカットでも沢田氏(左から2人目)の硬い表情は変わらなかった(1日、東京都中央区)
ファミリーマートは、サークルKサンクスとの統合で国内店舗数が1万8000店を超えた。1万2000店程度のローソンを抜き、1万9000店弱の首位セブンイレブンに迫る規模となる。ただし、1店舗あたりの平均売上高(日販)は統合後の単純計算で1日48万円強と、セブンイレブンには10万円以上の差をつけられている。
規模は整っても、質が伴わなければ意味がない。よく指摘されるファミマの課題ではあるが、沢田社長の表情は、外から見る以上に社内は危機感を抱いていることの表れのように感じられた。
ちなみにファミマはこの日の午後、都内のホテルで関係者向けの事業方針説明会を開催。ここでも記者会見を開いた。
沢田社長の表情はやはり硬かった。
午後に開いた記者会見では、沢田氏(右)は持ち株会社の上田社長(左から2番目)らと並んだ(1日、東京都港区)
ユニー・ファミマHDの経営陣4人で腕を組んだり、質疑応答で同社の上田準二社長に「コンビニのことは沢田さんに」などと振られたりして、ようやく緊張もほぐれたようではあった。だがマイクに向かって話したのは「量があれば質が高まるわけではない。量は、質を上げられる可能性を高くしてくれるに過ぎない」。やはり慎重だった。
統合交渉入りから1年半でついに始動した新生ファミマだが、商品力の向上や加盟店との関係づくりなど、取り組むべき課題は山ほどある。
冒頭に「ゴールではなくてスタート」と話す人はよくいる、と書いた。だが、言葉だけの場合も多い。
沢田氏は、本気でそう考えているのだろう。少なくとも記者はそう感じた。
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