トルコ大統領が不買呼びかけてもアップルは盛況
米国との対立でリラ急落のトルコ・イスタンブール市内を歩いた
トルコ経済が混乱している。発端は米国との対立だ。
7月26日にトランプ米大統領が、スパイ容疑で米国人牧師を拘束しているトルコ政府に対し、「大規模な制裁を発動する。直ちに解放しろ!」とツイッターに投稿。8月10日にはトルコ製の鉄鋼・アルミニウムの輸入関税を大幅に引き上げると発表した。
リラは対ドルで急落。12日には一時、1ドル=7.2リラの過去最安値を更新した。これは実に年初から40%もの下げ幅となる。自国通貨が急落した場合、利上げで通貨防衛を図るのが一般的だが、独裁色を強めるトルコのエルドアン大統領は政策金利の決定に介入し、利上げに反対している。こうしたトルコ政府の対応もリラ急落に拍車をかけたとされる。
トルコ経済はどうなっているのか。記者は最大の都市イスタンブールに飛び、8月17日、18日に街を歩いた。日経ビジネス8月27日号の時事深層「混乱トルコ、新興国不安に拍車」には収まらなかった現地の様子をお伝えする。
リラ急落の直後から、トルコの高級ブランド品店に行列ができているとの報道があった。リラが対ドルなどで急落し、輸入するブランド品のリラ建て価格が上がっているものの、店側の価格改定は追いついていない。そのため外貨ベースでは大幅な割安となっているという。外国からの旅行者には買い物天国ということか。
通貨急落の分かりやすい現象を確かめるため、さっそくインスタンブール市内の高級商業施設「ゾルルセンター」に足を運んでみた。ところが、目当ての高級ブランド品店「ルイ・ヴィトン」では入店待ちの列ができていなかった。
肩透かしを食らったかと思いきや、隣に移動すると数十人ほどの行列ができていた。そこは高級ブランド品店「ブルガリ」の前だった。
列で1時間半待っているというクウェート人女性がその訳を教えてくれた。「ルイ・ヴィトンはリラ安に対応して値段を上げてしまった。ブルガリはまだ前の値段のままだから、クウェートより2~3割安いかな。2週間前に来た時には指輪のサイズがなくて買えなかったけど、補充されているという噂を聞いて」。
ブルガリには中国や中東からの買い物客が並んでいた。通り過ぎる人々も物珍しそうに行列を眺めていく
ブルガリに3時間待ちの列
翌18日に再びブルガリの店の前に行くと、前日より待ち時間が長くなっていた。行列の先頭近くにいた中国・深圳から旅行で来た男性ウッディーさん(30歳)は、すでに2時間半並んでいるという。「空港にも店があるが、品揃えが少ない。ほら、あそこにカバンが見えるでしょ。あれを買いたい」と意気込んでいた。
3時間ほど待った後、ようやく重い扉が開き、買い物を楽しんだ。ガールフレンドへのプレゼントとしてカバンと、母親向けの財布を買ったという。「中国より3~4割安かった」と満足げだ。
街中で行列が目立つのが、両替所だ。トルコではクレジットカードを使えない店が多いため、外国からの旅行者はこのタイミングで多めに両替をして、買い物や飲食の軍資金を確保しているようだ。英国から旅行に来たというカップルは、まとまった額のポンドを両替していた。
イスタンブール市内には多くの両替所があり、どこも賑わっていた
リラ急落の混乱は、両替レートにも透けて見える。日本円との両替レートは、店によって大きな開きがあった。20カ所ほどの両替所を見たところ、平均は1万円=450リラ(1リラ=約22円)くらいだったが、最低は400リラ、最高は510リラと2割以上の開きがあった。
エルドアン大統領がアップル製品の不買運動を呼びかけ
米国の制裁に対して、トルコのエルドアン大統領は徹底抗戦する構えだ。「我々を戦略的な標的とする者には降伏しない」と語り、米国から輸入するアルコールや乗用車の関税を倍増させたほか、米アップルなど米国企業の電化製品の不買運動を国民に呼びかけた。
市民は呼びかけに応じているのか。18日にイスタンブール市内のアップルストアに行くと、トルコ人と思しき多くの人々が来店していた。
もともとトルコではアップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」が人気だ。スマホの中でiPhoneのシェアは20%ほどというデータがある。
ノートパソコンの修理に来ていた男性は、「9月にiPhoneの新製品が出るとの噂だから、それを見た後に旧機種を買うか新機種を買うか判断する」と話す。アップルストアの店員は言う。「例年と同じような売れ行きで特に大きな変化はない」。
ただ、英ボーダフォンの販売店でiPhoneの売れ行きを聞くと、店員は「いつも通り売れているよ」と話したものの、気まずそうな表情をしてそれ以上を語りたがらなかった。強権的なエルドアン大統領が不買を呼びかけている以上、あまり目立ちたくないのかもしれない。
イスタンブール市内のマクドナルド。昼夜の食事時には店内は混雑していた
エルドアン大統領は6月にライドシェアの米ウーバーテクノロジーズについて、「もうおしまいだ」と述べた。違法にタクシー業務を行った場合の罰金を大幅に引き上げ、実質的にウーバーの利用を制限した。
しかし、イスタンブールでウーバーのアプリを起動すると、かなりの台数が走っていることが確認できる。取り締まりが厳しい空港周辺を避け、街中で使っている人がいるようだ。
ボイコットの対象にはなっていないが、米国の代表的な飲食店であるマクドナルドも、昼夜の食事時には多くの客で混雑していた。エルドアン大統領は議会内閣制を廃止し、反対勢力を弾圧するなど独裁色を強めている。その大統領が反米を訴えるが、国民の消費行動は必ずしも反米ではない。
フォードはリラ安で価格を頻繁に変更
逆風にさらされているのが自動車産業だ。2017年の生産台数は169万台と過去最高を更新し、好調が続いていた。
ところが、年初からのリラ安で国内販売が冷え込んでいる。トルコ自動車販売協会が公表するデータによると、7月の自動車販売台数(乗用車と小型商用車)は前年同月比36%減だった。18年1月~6月の販売台数は前年同期比11%減だ。
米フォード・モーターの販売店に行くと閑散としていた。フォードは乗用車の大半を輸入しており、リラ安のため営業マンは毎日のように価格を変えているという。ちなみに17日は小型車「フィエスタ」の価格が20万リラ(約380万円)前後だった。トヨタ自動車がトルコ国内で生産する小型車「ヤリス」の価格が10万リラ前後であることから、輸入車の価格が高いことが分かる。
製造業では特に中小企業にリラ安の影響が出ているようだ。日本貿易振興機構(ジェトロ)イスタンブール事務所の中島敏博氏は、「生産の縮小や一時的な操業停止を余儀なくされる工場も出てきた。資金繰りの苦しい中小企業は調達コスト増に対応できず、倒産リスクも懸念されている」と語る。
レストランの店員は「トルコ人の生活は苦しくなっている」と嘆く
市民生活にも影響が出ている。リラ安で輸入価格が上がり、インフレが加速している。既に約16%ものインフレ率が、さらに上がると見られている。
飲食店の店員はこう話す。「確かに観光客は増えている。ただ我々トルコ人の生活は厳しいよ。今年は去年からリラが4割も下がって輸入する食料品の価格も上がっているのに、賃金は5%しか上がっていない。パンの価格だって上がっているんだから」。
今後はリラ安に伴う原油価格の上昇が市民生活や産業などに幅広く影響を及ぼしそうだ。トルコは原油を輸入に頼っており、卸売価格も上げざるを得ない状況だ。
衣料品の店員は、「リラが安くなったらドルを売ってリラを買い支える。トルコは強い」と語る。エルドアン大統領の呼びかけに応じ、リラの買い支えをする国民もいる。国民の我慢に、エルドアン大統領はどのように応えるのだろうか。
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