5.動学的価格指数に基づく金融政策-DEPIターゲット・ゾーン

 最後に、過去の失敗から学ぶ将来の金融政策運営のために、動学的均衡価格指数(DEPI)に基づく新しい金融政策を提案したい。この新しい金融政策によって、経済の成長と安定という一見すると相反する二つの目標を同時に実現することが可能になる。

 世界の中央銀行の間で、資産価格に対して金融政策はどう対応すべきかという問題について現在2つの対立する立場が存在する。一つは、米連邦準備理事会(FRB)の成長重視の立場である。資産価格バブルを抑制するために金融引締めをすると企業のイノベーション活動による経済成長も抑制してしまうので、実際にバブルが崩壊した後に金融緩和で対応するのが望ましいという見解である。他方、国際決済銀行(BIS)の安定重視の立場は、資産価格の上昇で金融危機のリスクが高まるので、実際にバブル崩壊が起こる前に金融引締めが必要であるという見解である。

 FRBとBISの相対立する立場、すなわち成長と安定を両立できる金融政策の方法はないだろうか。これら二つの立場は一見対立しているように見えるが、実は必ずしも矛盾しているわけではない。すなわち、早すぎる不必要な金融引締めを回避することによって、企業のイノベーション活動による経済成長を最大限に可能にしながら、金融危機が起こる手前で金融引締めを実行すればよいのである。ただし、そのためには、資産価格のファンダメンタルとバブルの違いを区別できる情報変数、金融不均衡を正確に捉えることができる情報変数が必要になる。

 そこで、経済成長を抑制することなく金融危機を未然に防ぐための金融政策として、動学的均衡価格指数(DEPI)に基づいたターゲット・ゾーン政策を提案する。DEPIターゲット・ゾーン政策によって、資産価格バブルによる金融危機が起こらない程度にDEPIの変動を最大限に認めると同時に、DEPIがアウト・ライナーにならない範囲(ターゲット・ゾーン)に抑えることを目的とした金融政策である。具体的な数値は経験則に基づいて適切に決定されるべきものであるが、例えば、DEPIインフレ率の上限10%と下限0%をターゲット・ゾーンとした金融政策が考えられるだろう。

 DEPIターゲット・ゾーン政策の優れた点は、企業のイノベーション活動をできるだけ自由にさせるため資産価格バブルを容認する成長重視のFRBの立場と資産価格バブルによる金融危機を未然に防ぐ安定重視の国際決済銀行(BIS)の立場を矛盾なく両立統合できることにある。

 このようなDEPIターゲット・ゾーン政策が市場参加者によって信認されれば、上限または下限で実際に日銀が金融政策を通じて市場介入しなくても、DEPIインフレ率は自動的にターゲット・ゾーンの中にとどまることが理論的に知られている(注64)。なぜならば、市場参加者は、DEPIターゲット・ゾーン政策を念頭に自ら期待を形成し行動するからである。

 その結果、DEPIターゲット・ゾーンという新しい金融政策によって、金融システムが機能不全になるような金融危機(ブラック・スワン)を未然に防ぐことができると同時に、日本経済の長期成長率をより高い水準で維持することが可能になる。

 まさしく、動学的均衡価格指数(DEPI)に基づいた新しい金融政策によって、日銀の政策目標である「物価(通貨価値)の安定を通じて国民経済の健全な発展に資する」ことが実現可能になるのだ。

(注4) P. Krugman, “Target Zones and Exchange Rate Dynamics,” The Quarterly Journal of Economics, Vol. 106, No. 3. (Aug., 1991), pp. 669-682、参照. P.クルーグマンのターゲット・ゾーン理論は、為替レートのターゲット・ゾーン政策に関するものであるが、その理論モデルはそのまま金融政策にも応用できる。為替レート政策には、外貨準備残高による限界が存在するが、金融政策にはそのような限界がないので、より容易に市場参加者の信認を獲得できる。