日銀の黒田東彦総裁(写真=ロイター/アフロ)

 2013年に始まった日銀の異次元緩和(QQE)は過剰である。日銀は消費者物価指数(CPI)という静学的価格指数(1期間価格指数)に基づいた2%インフレ目標に固執し続けているが、筆者らが考案した動学的価格指数(多期間価格指数)によれば、日本経済は2013~14年にはすでにデフレを脱却していた。

 本稿では、動学的価格指数に基づく新しい金融政策を提案すると同時に、日銀が近視眼的な静学的価格指数(CPI)に基づいて1990年前後のバブル期と同じ失敗を再び繰り返していることを実証する。

 筆者の議論の骨子は、短期的で静学的な価格指数であるCPIに代わる、最新の経済学の考え方を取り入れた長期的で動学的な価格指数を金融政策に導入するというパラダイムチェンジを提案するものである。

 この価格指数の導入によって、資産価格バブルによる金融危機以降、金融政策当局やエコノミストらの間で大きな議論になっている「資産価格と金融政策をどうリンクさせるか」という課題を同時に解決できる点も先に強調しておきたい。

1.日銀の政策目標と動学的価格指数

 企業経営者が、目先1期間の収益だけではなく、長期間の期待収益の現在価値を考慮して経営戦略を決めるべきことは、今では教科書に載るほどの常識となっている。実は、まったく同じ理由によって、日銀は1期間の生活費を測る消費者物価指数(CPI)ではなく長期間の期待生活費の現在価値を測る価格指数を情報変数として金融政策を実施すべきだと筆者は考える。

 1期間の視野しか持たない消費者物価指数(CPI)に基づく金融政策は、企業経営者が目先1期間だけの収益しか考えないで経営戦略を決定するのとまったく同じ近視眼的過ちを犯していることになるからだ。

 日銀の政策目標は「物価(通貨価値)の安定」を通じて国民経済の健全な発展に資することにある。ここでいう「物価」や「通貨価値」を測る価格指数は、経済理論によれば「ある一定の効用水準(生活水準)を得るために必要な生活費」として定義される。ここでいう生活費は、目先1期間の生活費ではなく、現在から将来にわたる長期間の期待生活費の現在価値と考えるのが理論的に正しい。なぜならば、1期間より長期間の生活費の方が包括的、普遍的、現実的であるのみならず、真のインフレ動向をより正確に測ることができるからだ。

中銀も「経営者の視点」で政策運営を

 そこで企業経営と同様に、中央銀行が長期的、動態的視点に立った金融政策を実行するために必要な情報変数として創られたものが、動学的価格指数である。CPIのような1期間の生活費を測る価格指数を「静学的価格指数」と呼び、長期間の生活費を測るものを「動学的価格指数」と呼ぶが、実は理論上、前者は後者の一部(部分集合)すなわち特殊形にすぎない。

資産価格をどう金融政策に取り込むか

 さらに、動学的価格指数は、2008年に勃発した世界金融危機以降、世界の中央銀行や経済学者の間で活発に議論されている「資産価格と金融政策の関係」についても明確な答えを提供するものでもある。多くの中央銀行によって資産価格の重要性が共通に認識されているにもかかわらず、資産価格の変動に金融政策はどのように対応すべきかという問いについては意見の一致が見られていない。

 金融政策の目標は「物価(CPI)の安定」なので資産価格を無視すべきだという意見から、資産バブルは金融危機を引き起こすので注視すべきだという意見まで、幅広く議論されている。動学的価格指数は、資産価格を多期間価格指数自体の内部に理論的に導入することによって、金融政策の観点から資産価格をどのように捉えればよいのかという未解決問題に対する一つの理論的回答を提供するものである。