ザラブ容疑者による汚職事件はトルコ国内では実は2013年に表面化している。同容疑者は一時逮捕され資産も没収された。しかし、エルドアン首相(当時)は「ザラブ氏は金の取引業者で福祉家でもある」とし、資産没収を取り消した。エルドアン氏は、数百人の警察、検察官の配置換えや解雇と、3人の閣僚の辞任、大規模な内閣改造を行うことで、政権を揺るがしたこの汚職事件をなんとか収めた。

 だが、国民は、この事件を今でも覚えている。今後、米国がハルクバンクなどに巨額の罰金を科す可能性が消えない限り、トルコ国民や、事情通の外国投資家がトルコリラを買い戻すとは予想しにくい。

 トルコは貯蓄率が低く外資に依存しており、通貨危機が長引けばトルコの経済全体に悪影響が拡がる。さらに、万一、トルコに融資している欧州の金融システムに影響が及べば、債務危機から立ち直ったばかりのスペインや、銀行システムに弱さの残るイタリアは大きなダメージを受ける。すでにリラ安につれてユーロ安も起こっている。

ムスリム同胞団への支援は許さない

 トランプ大統領が取り組む中東政策においてもう一つ明確なのは「ムスリム同胞団は許さない」という点だ。ムスリム同胞団が率いる政府を倒して2013年に政権についたエジプトのアブデルファタハ・シシ大統領が昨年4月ホワイトハウスを訪問した際に、トランプ大統領が大歓迎したことからもそれがわかる。一方、後に述べるように、対ムスリム同胞団でも、トルコのエルドアン大統領はトランプ大統領と対立する。5月に訪米したエルドアン大統領に対するトランプ氏の態度は冷たかった。

 サウジアラビアなどが昨年6月カタール断交に踏み切った時、トランプ大統領は「早速、中東歴訪の成果が出た」とツイートしている。サウジなどが断交前にカタールに要求した柱は「イランとの親密な関係を止める」「他国の政権批判をする衛星放送アル・ジャジーラを閉鎖する」「テロ組織の支援を止める」だった。このテロ組織とはムスリム同胞団を指す。

 以前からムスリム同胞団に肩入れしていたトルコはこの時、「カタールを守る」として5000人の兵士をすぐにカタールに増派し、食料の空輸も始めた。

 イスラエル寄りのトランプ大統領は、イスラエルの長年の敵であるパレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを敵視している。この組織は「ムスリム同胞団」のパレスチナ支部を起源とする。エルドアン大統領はこのハマスも支援している。2010年には、建材などの支援物資と約700人の支援活動家を載せた支援船団を派遣した。

 このことからも、トランプ政権が「ザラブ・ケース」を、ハルクバンク元副頭取への“甘い”実刑だけで終わらせるとは考えにくい。

振り上げた拳は下ろせない

 一方、「欧米と戦う強い大統領」を演じてきたエルドアン大統領も、振り上げた拳を簡単には下ろせない。

 彼は「ストリート・ファイター型」の政治家で、敵を激しく攻撃する「強い大統領」として支持を固めてきた。国内では、反米、反欧州感情を煽る言動を繰り返す。トルコの閣僚が政治集会を開くのを禁じたドイツやオランダの首脳に対し「まるでナチスのようだ」と非難を浴びせたのは記憶に新しい。

 2年前に起きたクーデター未遂事件の首謀者を米国に住むギュレン師(イスラム教の指導者で、イスラムと他の宗教や文化との融合を説いてきた)と断定。米国に対して、同師の身柄送還を何度も求めている。これに対して米国は「十分な証拠が示されていない」と拒否してきた。

 米国に向けたトルコの鉄鋼輸出は昨年11億ドルで、メキシコやロシアに次ぐ6位。日本を上回る。これに他国に対する税率の2倍となる50%の関税をかけられたらたまらない。それでも同大統領は8月12日、トルコ国内向けの演説で「米国が取る措置は政治的陰謀であり降伏はしない」と発言。トルコの閣僚が米国内に保有する資産を米国が凍結したのに対し、「トルコ国内にある米閣僚の資産を凍結する」と応じている。

 外交を用いて穏便に処理することを良しとしない二人の「強い大統領」の確執が世界に及ぼす影響は小さくない。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は8月13日、「トルコ経済が不安定となることで得をする者はいない」「ドイツはトルコの繁栄を望んでいる。それはドイツにとっての利益である」と発言した。これは、NATO加盟国同士の争いに欧州が巻き込まれないよう願う悲痛な訴えだ。

松富 かおり
ジャーナリスト・キャスター
元駐トルコ公使夫人
1959年生まれ。1983年、東京大学を卒業し、TBSに入社。「筑紫哲也 ニュース23」などでキャスターを務める。外交官と結婚。ビクトリア大学で国際関係学の修士号を取得。駐トルコ公使、駐イスラエル大使、駐ポーランド大使の夫人として外交活動をサポート。2013年からジャーナリスト活動を本格的に再開。
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