百貨店業界がかつてない不振に苦しんでいる。この大阪の2店だけでなく、2016年からの約1年半だけで、全国で10店以上の百貨店が閉店に追い込まれている。

 その結果、16年の全国百貨店売上高は36年ぶりに6兆円を割り込んだ。17年に入っても、一部を除き本格的な回復基調にはなっていない。かつて全国に300以上あった百貨店は230程度まで減っており、早晩200を割り込むとの見方も強まっている。

アパレルと相互依存のツケ

 百貨店の不振は、全体の売上高の3割を占めるアパレルの不振と表裏一体だ。「婦人服を中心としたアパレル部門は大変厳しい状況にある」(高島屋の木本茂社長)ことで、百貨店の屋台骨が揺らいでいる。

 “百貨”とは「いろいろな商品」を指すが、家電や家具などは一足早く「カテゴリーキラー」と呼ばれる専門店に市場を奪われた。さらに1990年代前半のバブル崩壊以降、百貨店は利益率が比較的高かったアパレル部門へと一段と傾斜していった。「百貨店と名乗りながら、すでに“百貨”と呼べない状況になっていた」(大手百貨店の元首脳)

 しかし頼みのアパレルも、ユニクロや欧米ファストファッションなどのSPA(製造小売り)が強敵として台頭。急成長するインターネット通販がアパレルを主力商材として扱うようになった2000年代以降、凋落に歯止めがかけられなくなった。

 さらに状況を悪化させたのが、バブル崩壊以降も、百貨店を主力販路とする国内大手アパレルが、拡大路線を進めたことだ。目先の売り上げを確保するため大量の新規ブランドを立ち上げ、百貨店に大量の商品を供給した。

 経済産業省のアパレル・サプライチェーン研究会報告書によると、アパレルの国内市場規模は1991年から2013年の間に、約3分の2の10.5兆円まで縮小。逆に商品供給量は約20億点から約40億点とほぼ倍増し、結果として購入単価は約半分にまで落ち込んだ。猛烈な「価格破壊」が進む中、高級イメージを誇ってきた百貨店であっても、大きな打撃を受けたのだ。