神薬か、亡国薬か。小野薬品工業の「オプジーボ」を筆頭に高額医薬品に対する風当たりが厳しくなってきた。末期の肺がんにも効くが、費用は年3500万円もする。重篤な副作用の症例も報告されたことから、厚労省も重い腰を上げた。
これまでになかったメカニズムで抗がん作用を示す「オプジーボ」(小野薬品工業)。日本発のこの薬は2014年9月に皮膚がんの一種である悪性黒色腫(メラノーマ)で国の承認を受け、昨年末には肺がんの一部でも適用が広がった。
手術のできない末期がん患者にも劇的な効果があることなどから、オプジーボは発売されてしばらくは「夢の新薬」とも評された。だが、後に問題視されるようになったのはその価格。体重60キロの肺がん患者が1年間(26回)、オプジーボを使うと、年3500万円もかかる。
仮に患者5万人がオプジーボを1年使用したとすると、薬代だけで年1兆7500億円に及ぶ。日本の年間医療費約40兆円のうち約10兆円とされる薬剤費が2割近く跳ね上がる計算だ。今年4月以降は、これほど高額の薬代がかかれば、「たった1剤で国が滅ぶことになりかねない」とメディアでセンセーショナルに取り上げられる機会が増え、同剤に対する風当たりが強まっていた。
神の薬か、亡国の薬か
そんなオプジーボについて、さらに懸念すべき問題が起きた。7月に入って、別の種類のがん治療薬との併用などによって重篤な副作用症状が現れた結果、死亡例も出ていたことが明らかになったのだ。
小野薬品工業によると、オプジーボの投与後に別の治療薬「タグリッソ」(英アストラゼネカ)を使用した患者のうち、7人が間質性肺炎を発症し、そのうち3人が死亡。また、オプジーボの投与から数週間後に、自由診療の「がん免疫療法」を受けた患者のうち6例に重い副作用が発生し、1人が死亡したという。
オプジーボの効能・効果はあくまで単独投与で行われた臨床試験の成績に基づいて承認されている。今回明らかになった重篤な副作用症例は、有効性や安全性が確認されていない使用実態の下で起きたものだった。
図●小野薬品工業が自主的に定めているオプジーボによる治療を受けられる医療機関・医師の要件(非小細胞肺がんの場合)
1)厚生労働省が認可する「がん診療連携拠点病院」に加えて、各都道府県の知事が指定 する「がん診療連携指定病院」を含む
新薬に未知の副作用は付きもの。とりわけオプジーボのように切れ味の鋭い画期性の高い薬剤なら、本来であれば慎重な使い方が求められる。
もともとオプジーボに関して、小野薬品工業は医療関係者向けに「十分な知識・経験を持つ医師が適切に判断して投与してほしい」と呼びかけていた。また、使用可能な施設や医師の要件も独自に定め、満たせないところにはオプジーボの流通を制限する措置も取っている。
だが、実際には、海外から個人で輸入して適応症以外のがん患者に投与する医療関係者も相次いでいる。また小野薬品工業が自主的に定めた要件を満たした医療機関でも、患者情報を十分把握した上での適正使用が必ずしも行われているとは言いがたい状況にある。
使用規制がかかる方向に進むのは間違いない
そこでこうした事態を重く受け止めた厚生労働省は近く対策に乗り出すことになった。オプジーボのような高額な画期的新薬については、使用できる医師や施設、患者を絞り込む「使用の最適化」を進めることとし、今後、各学会と共同で、適正使用を促すためのガイドライン(指針)をまとめる方向となった。
これまで学会が自主的に作成したガイドラインはあったものの、国が医薬品の適正使用に関する指針を作るのは初めてのこと。もともと今年6月に閣議決定された「骨太の方針2016」には、医療費適正化の施策の一環として「革新的医薬品等の使用の最適推進」が盛り込まれており、厚労省の動きはこれに対応したものだ。厚労省は来週27日に開く中央社会保険医療協議会でガイドラインに関する論点を初めて示す。
国が定める指針の詳細はこれから詰めていくことになるが、膨張する一途の医療費の抑制を大きな目的の一つとしている以上、使用規制がかかる方向に進むのは間違いない。となれば「生きている限り使い続けたい」といった患者の要望も通らなくなる可能性がある。その意味で医療を受ける側の患者の覚悟も問われている。場合によっては、夢の新薬がごく一握りの人にしか使えなくなる日もやってくるかもしれない。
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