製品の値上げは避けられない

 離脱の後は、金融機関がEU全域で単一免許で営業できるパスポート制を失うことになります。これに対して、金融機関はEU域内に現地法人を設立し、営業体制を整えるなど対応を進めています。

 一方、製造業のサプライチェーンへの影響は大きいと言わざるを得ません。関税がかかることで、製品価格の値上げは避けられないでしょう。

 チェッカーズ案では、第三国で製造され英国経由でEUに輸出される物品は、まずは英国に輸出された時点でEUの代わりに関税を徴収します。その関税をプールしておき、最終的にEUへ向かう物品にはその関税をそのままEUに渡し、英国にとどまる物品の場合は差分を企業に返金することで製造業の負担を減らす案が検討されています。ただ、煩雑な事務手続きが必要になるうえに、最終的にどこに物品がとどまるかを追跡することは難しく、抜け道がいくらでもありそうなので現実的ではありません。

ブレグジットに関連する法案では、保守党内での強硬離脱派の造反があったもののEU離脱法案が可決しました。次に、英国で注目される法案は何でしょうか。

菅野:貿易法案と関税法案です。貿易法案は、EUの自由貿易協定を英国の協定に置き換える条項などを含む法案です。関税法案はブレグジット後の関税措置を定める法案です。

 いずれも2月以降、下院での審議が中断されています。レッドサム下院院内総務は、遅くとも7月半ばには審議を再開する意向を示しています。関税同盟にとどまることを希望する穏健離脱派から多くの修正案が起案される可能性があり、法制化には難航が予想されます。

日本人にとって分かりにくいのが北アイルランドの問題です。少しこれまでの経緯を振り返ってもらえますか。

菅野:アイルランドは1922年まで長らく英国の植民地でした。独立戦争を経て、北アイルランドを残して、アイルランドは独立しました。

 ただ、1960年~90年代には英国の統治を望むプロテスタント系と、アイルランド併合を望むカトリック系が激しく交戦する北アイルランド紛争が起こりました。1998年の停戦協定で、ようやく武装解除がなされた歴史があります。

 英国がEUから抜けると通関が必要になり、アイルランドが分断されてしまいます。北アイルランドに国境を引くと停戦協定に違反し、交戦が始まってしまいますので、これは難しいということは、英国やEUが合意しています。

 ではどうやって通関手続きをするのか。まずEUは北アイルランドだけをEUの単一市場や関税同盟に残すというガイドラインを示しました。これは、英国にとってはEUの北アイルランドの占領に当たるとして猛反発しました。

 また、英国はコンジェスチョン・チャージ(ロンドンにある渋滞緩和目的の道路課金システム)を模倣した提案もしています。国境にカメラを設置して、事前に関税を支払っていない物品に関しては後で罰金を科すという案ですが、国境すべてにカメラを設置するのは難しいでしょう。

 解決策としては、フェンスを作って通関を設けるのか、英国全体が関税同盟にとどまるしかないでしょう。 移民を制限する一方で、モノは無関税で自由に移動するというのは、EUからは「いいとこ取り」と批判されており、これも難航が予想されます。

 これまでも何度か触れているチェッカーズ案というのは、要するにこういうことです。EUとの間での煩わしい通関手続きを極力簡素化し、デジタル規制などでの大幅な譲歩を引き出す代わりに、厳しいEUの食品や製品の規制には従うということです。これに対して「EUの属国になる」とジョンソン氏ら強硬離脱派が反発したのです。

 メイ首相はもともと強硬な離脱を掲げていました。しかし交渉の進展がなく、強硬路線はEU各国にまたがりサプライチェーンを構成する製造業などへの影響が大きいことから軌道修正しています。それがチェッカーズ方針であり、政権内の分断を招いたと言えます。

 EUはメイ政権の迷走を静観しています。保守党が分裂し、総選挙で労働党政権になれば、英国がEUに戻ることがあるので、そうした展開を望んでいるようにみえます。

それでは、いよいよ総選挙が近いのでしょうか。

菅野:イングランドがW杯で初優勝したのは1966年ですが、次の1970年のW杯メキシコ大会で、優勝候補のイングランドは(当時の)西ドイツに準々決勝で敗れています。しかも1970年の総選挙は、準々決勝直後に行われ、敗戦のショックが政権批判に向けられたことにより、各種世論調査で勝利確実といわれていた労働党ウィルソン政権がまさかの敗北を喫し、政権交代が実現したのです。

この話は多くの英国政治家が教訓としているため、イングランドが準決勝で敗退した今となっては、保守党も総選挙には慎重になるでしょう。