東京電力は6月23日に株主総会を開き、新経営陣が決まった。多くの株主は約22兆円に膨れ上がった福島第1原発の事故処理費用の大きさに困惑し、東電再建策への疑念を深めている。もっとも、新経営陣が直面しなければならない課題はそれだけではない。総会の中で、いみじくもある株主が発した「旧日本軍」という言葉に、東電の課題が凝縮されている。

東京電力ホールディングスの株主総会が開かれた国立代々木競技場第一体育館。総会を前に株主が続々と会場に入っていった
東京電力ホールディングスの株主総会が開かれた国立代々木競技場第一体育館。総会を前に株主が続々と会場に入っていった

 6月23日、東京電力ホールディングスは都内で株主総会を開いた。蒸し暑い陽気の中、会場の入り口近くには、様々な横断幕を掲げて株主を迎える人たちがいた。中身は「原発反対」から「原発を再稼働せよ」まで、主に原発をめぐる主張だ。もはや東電の総会の“風物詩”とも言える光景が、今年も広がっていた。

会場入り口には株主や市民による原発反対・賛成を表明する横断幕が掲げられていた。東電の株主総会では、もはや“風物詩”とも言える存在だ
会場入り口には株主や市民による原発反対・賛成を表明する横断幕が掲げられていた。東電の株主総会では、もはや“風物詩”とも言える存在だ

 今年の総会でも、株主からの質問は福島第1原子力発電所の事故処理や柏崎刈羽原発、福島第2原発の再稼働問題に集中した。質問に立つ株主の中には、原発の再稼働や原子力事業の維持拡大を求める声もあった。これらの意見は東電経営陣の方針と合致したものであるが、どちらかと言えば反対の立場の声が目立っていた印象だ。

 「柏崎刈羽原発を再稼働する事業計画はあまりに非現実的ではないか」「稼働の見込みが立たず、費用ばかりくっている柏崎刈羽原発は“穀潰し”だ。減損会計を適用すべき」……。経営陣に対し直接声を上げる株主からはこうした厳しい意見が相次いだ。また、太陽光や風力など「再生エネルギーの活用や研究に軸足を移すべき」との声も複数上がった。

 こうした株主からの意見に対し、広瀬直己前社長はこう答えている。「国は(日本のエネルギー割合について)原子力が20~22%、再エネは22~24%と考えている。事業者も、そうした(割合の)中で(事業を)進めていくべき」「国が政策を作り、事業者が実現してきた。国策民営だった。国のエネルギーミックスの考え方に(今後も)沿わないといけない」。東電にとって国は株式の過半を握る大株主でもある。一般株主の意見はどうであれ、なおさら国の再稼働の方針から逃れる術はないだろう。

 しかし、東電が国の意向に従わざるを得ない状況に対して、不満を高めている一般株主が少なくないようだ。ある株主は「株主総会での報告だけでは、(東電の経営陣が)何をやっているか分からない」と声を張り上げた。また別の株主は「(東電の株式の過半を持つ)原子力損害賠償・廃炉等支援機構は全然ビジョンが見えない」と不満を表明し、経済産業省から機構を通じて東電に出向している西山圭太取締役の続投を拒否する考えを声高に主張した。

 原発再稼働が国のエネルギー安全保障に欠くべからざるものであれば、本来であれば国が先頭に立って再稼働を進めるべきだろう。だが、現状では東電をはじめとする電力会社が前面に立って動いている。皮肉なことに、稼働できない原発の安全対策や設備維持コストに莫大な資金が投じられている。これでは、東日本大震災以降、経営危機に陥った電力会社の再建は遠のくばかりだ。

 結局、原発は誰のためのものなのか。過半の株式を握る国に対して一般株主がないがしろにされているのではないか。多くの株主の主張には、そんな根源的な問いが透けて見える。

 福島第1原発事故処理にかかる費用は、昨年同時期に開かれた株主総会の後に従来の11兆円から倍増し、22兆円に膨らんだ経緯がある。国の有識者会議が新しい見積もりを基に、東電の改革提言を発表。これに沿う形で東電も新しい再建計画を今年5月に発表している。この計画で原発再稼働が前提とされている点や、22兆円という膨大な事故処理費用を東電が負担していく方針について、実現性を疑問視する声が株主からも上がった。「新しい東電再建計画の評判が悪い。原発再稼働を前提にしているが実現可能性がない。計画はむちゃくちゃだ」総会の中盤、質問に立った高齢の株主は経営陣にこう詰め寄った。

「できなくてもやる」数土前会長が新経営陣に託したバトン

 こうした株主からの声に、この日の株主総会が最後の勤めとなる数土前会長は強い口調で説明した。「22兆円というのは驚天動地、未曾有の数字。(普通に経営していたら捻出)できないんです。これから経営に携わる誰もが自分を捨てて挑戦するしかない。だめじゃないかとか…そんなことは百も承知ながら、それでもやることが東電に課せられているのであります」。

 この発言に対し、株主は冷静だった。「(数土前会長の)決意は結構だが、旧日本軍のような語り口にも聞こえる。(太平洋戦争中、旧日本軍は)戦争に勝つ、勝つと言って結局、ポツダム宣言を受諾(して敗戦)した。もっと地に足がついた経営が必要ではないか」。今回の株主総会を取材していて、最も印象的な質疑応答だった。

一歩踏み込んだ新コンビ

東京電力ホールディングスの会長に就任した川村隆氏(日立製作所の前名誉会長、左)と、社長になった小早川智明氏(右)
東京電力ホールディングスの会長に就任した川村隆氏(日立製作所の前名誉会長、左)と、社長になった小早川智明氏(右)

 今回の株主総会で新しい取締役選任議案が可決されたため、東電の役員は一新された。会長の数土氏は退任し、社長の広瀬氏は代表権のない副会長に退く。代わって日立製作所名誉会長の川村隆氏が会長に、東電の小売り部門を率いてきた若手幹部の小早川智明氏が社長に就任した。

 総会後、川村新会長と小早川新社長は東電本社で揃って会見に臨んだ。数土前会長の「できなくてもやらなければならない」という決意表明は、後任の川村新会長らに向けて発せられた言葉でもある。記者から問われた川村新会長は、こう答えた。

 「22兆円という数字をベースに考えると、ギリギリ頑張って(対応が)できるかというところだ。フルに能力を発揮したところよりも、ちょっと上に(ハードルが)ある。チャレンジングではあるが、頑張ってやり通せない数字ではない。数土さんはそうおっしゃったんじゃないか…」。これから経営に臨む川村新会長としては、こう話さざるを得なかったのだろう……。

 川村新会長は東電の経営を監督し助言する立場にある。実際に業務を執行するのは、生え抜きの小早川新社長の役回りだ。これから実際にグループの経営を進めるに当たって、小早川社長は経営改革の合言葉を3つ上げた。そこで最初に登場するのは「ひらく」という言葉だ(残りは「つくる」「やり遂げる」)。「組織を開き、信頼を作る」のが主眼だという。

 「旧日本軍」のような組織と、小早川新社長が目指す「開かれた」組織は対極にある。つまり小早川社長は「できなくてもやる」目標を背負った組織を率いつつ、同時に組織を開いていくと宣言したわけだ。原発事故後も国と電力会社が二人三脚で進めてきた事故処理の枠組み作りなどに無理や矛盾が生じても、小早川新社長は隠すことなく組織を開いていけるのか。現時点で言えるのは、小早川新社長には極めて高い経営能力が問われているということだ。

今後の東電の舵取りを担う川村隆新会長(左)と小早川智明社長
今後の東電の舵取りを担う川村隆新会長(左)と小早川智明社長

 東日本大地震から6年が経過し、東電の経営は新しいフェーズに入った。新経営陣の手腕に期待したい。

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