英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めた。1973年の欧州共同体加盟から43年を経て、英国は”欧州”と袂を分かつことになる。
これから何が起こるのか。当面の注目の一つは、英政府がEUに対して行う「脱退通告」のタイミングであろう。脱退通告はEUからの脱退を定めたEU条約第50条において決められている手続きであり、それが脱退を巡る英国とEUの交渉開始のトリガーとなる(図表1)。英国の国民投票法上は、国民投票で離脱が選択された場合でも、必ず離脱手続きを始めなくてもよい。しかし、国民の意思を尊重し、英政府はいずれかのタイミングでEUに対して「脱退通告」を行うことになろう。
(注)赤字は筆者
(資料)東信堂「ベーシック条約集」より、みずほ総合研究所作成
「脱退協定」締結までの猶予は2年間
EUへの「脱退通告」の実施は、「2年後のEU法適用の停止」という期限へのカウントダウンが始まることを意味する。脱退を巡る交渉でどのようなことが話し合われるかについて、50条では特に定められていないが、EUからの脱退日や移行期間、現在英国に住むEU市民(あるいはEUに住む英国民)の取り扱いなどが、話し合われることになろう。50条では、脱退の際に締結される「脱退協定」は、脱退後の英国とEUの関係を決める新協定を「考慮に入れて」話し合われることが定められているため、英国とEUの間の新たな関係性を定めた新協定も同時並行で話し合われる公算が大きい。
脱退協定や新協定の締結に向けた交渉が行われている2年間は、EU法は英国に引き続き適用される。しかし、EU28カ国全てが交渉の延長に合意しなければ、通告後2年でEU法の英国への適用は停止される。仮に英国とEUの間の協定が2年間で合意に達することが出来なければ、一時的か恒久的かは別としても、英国はEUの単一市場からは外れ、WTO(世界貿易機関)の枠内での貿易取引を行うことになる。この場合、現在よりも高い関税率が英国からEUへの輸出品にかけられ、在英輸出企業の競争力に影響を与えるだろう。通告から2年間はEU法が適用されるため、影響が今すぐに出るという話ではないが、将来的に在英日本企業にも影響を及ぼす可能性があり、日本企業は交渉の進展をみながら、備えをしておく必要があろう。
秩序だった離脱に向けて綱渡りの状況続く
離脱を決めた今、英国にとって最も重要となるのは、秩序だった離脱である。これまでのところ、キャメロン首相は投票で離脱が決まった場合の即時通告を表明している。その一方で、離脱派はすぐに通告を実施せずにEUと非公式に協議を実施すべきと主張している。離脱派は一定のめどが立った後で通告を実施することにより、時間切れによるEU法の突然の停止を防ぎ、2020年5月の次回総選挙までに交渉を終了させれば良いと考えている。
EUへの通告時期を遅らせることは、時間切れによるEU法の適用停止リスクを低下させ、英国が交渉上不利な立場に陥ることを防ぐ効果が期待されている。しかし、EUとの交渉の長期化はそれ自体が大きなリスクであり、集中的な交渉による早期締結も重要だ。金融業や製造業といった英国にとって重要な産業のEUにおける事業展開や、雇用の取り扱いなど先行きの不透明感が晴れなければ、英国経済は大きな停滞が見込まれるだけでなく、金融市場でも株価下落や通貨安が収まらない可能性がある。これは英国経済のみならず世界経済にとってのリスクである。
EU側の事情を言えば、EUにとっての英国の重要性と主要国の政治日程を併せて考えると、独仏が選挙を終える2017年秋以降であれば、英国に妥協し易いかもしれない。これまでEUと他国が経済協定を結ぶ際には、4年前後の交渉期間がかかっている。EUの政治日程としては、2017年3月にオランダの下院選挙、同年4~5月にフランス大統領選挙、同年8~10月にドイツ連邦議会選挙を控えており、いずれの国でもEU懐疑的な政党が勢力を伸ばしている。国内のEU懐疑政党を勢いづかせないために、当面は、英国に安易な妥協をしにくい環境にある。
スコットランドの英国離脱も
一方で、英国との自由な貿易関係を維持することは、自国に産業を取り戻そうという保護主義的な動機を別とすれば、EU各国の国益にかなっているのも事実である。自動車産業など、英国で対EU向けに事業展開するEU企業は多い。英国経済の長期に渡る停滞はEUにとっても打撃である。
英国の内政に目を転じると、スコットランドのニコラ・スタージョン第一首相は、今回の国民投票キャンペーンの過程で、全英では離脱支持だったとしても、スコットランドで残留支持が過半数を上回った場合には、スコットランドの英国からの独立を問う住民投票の再実施(前回は2014年9月)に向けた交渉を行う意思を表明している。住民投票を再実施するには英中央政府との合意が必要となるため実現は容易では無いが、再度住民投票となればスコットランドが英国を離脱する可能性が高まる。それは、「グレートブリテン」から「リトルイングランド」への道へとつながりかねない。
直ちにEUの終わりが始まるわけではない
最後に、EUの先行きについて考えてみたい。国民投票を実施するに際し、事前に英国がEUに対して行った権限回復交渉では、EU側は英国を含む各国の主権を強めることに合意した。EU側の妥協の背景の一つは、英国がEUを離脱した場合、各国内のEU懐疑政党が更に伸長し、EUが揺らぐことへの危機感があったと考えられる。現在、EU懐疑政党の勢いはかつてないほど強い。そこに加わった今回の英国のEU離脱は、1992年にデンマークがマーストリヒト条約の批准を国民投票で否決した「デンマーク・ショック」以来のインパクトをEUに与えることになろう。
しかし筆者は、「ブレクジット・ショック」によって、直ちにEUの終わりが始まるとの立場は取っていない。独仏において、EU懐疑的な政党が政権を握る可能性は今のところ低い。フランスでは、大統領選挙は単記2回投票制であり、初回投票で50%の得票を得る候補がいなければ上位2名の決選投票となる。仮にEU懐疑派の国民戦線党首であるルペン氏が決選投票に進んだとしても、決選投票では反ルペン派が結集し、ルペン氏は勝てないと予想される。ドイツにおいても、ユーロに懐疑的な政党である「ドイツのための選択肢」は、議席を獲得するのに必要な最低得票率(5%)を得て、議席の獲得が予想されるものの、政権入りするまでには至らないだろう。
これまでEUが成し遂げてきた成果は大きい。第一に、EUは、これまで域内の平和を維持する役割を果たしてきた。第二に、財やサービス取引の自由移動など単一市場の構築は、全ての加盟国にとり大きなメリットである。特に若い世代にとり、EU域内で自由に学び、就職し、居住するという権利は、既に当然の社会インフラとなっている。共通通貨ユーロも同様である。今回の英国民投票における世論調査をみても、若い世代は明確にEU残留支持を示している。
EUは、今後若い世代に対して、更なる統合の成果を示す必要がある。若い世代がEUへの期待を失えば統合のモメンタムは失われる。その意味では、EU域内において若年層の失業率が高い現状は非常に危惧される。若者の雇用促進に向けた規制緩和や、需要創出による雇用機会の拡大が急務だ。英国離脱後のEUに求められるのは、保護主義の復権では無く、国家、都市、企業、労働者のダイナミズムの復活を通じた経済成長であろう。英国民がEUに突き付けた課題は重い。
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