コックス議員が殺害された当日、離脱を掲げる英国独立党のナイジェル・ファラージ党首は大量のシリア難民の画像を用い、移動の自由が可能なEUが難民問題を引き起こしたとのニュアンスを含め「EUから自由になり主権を取り戻そう」と掲げるポスターを選挙戦に投入したばかりだった。この画像は、去年スロベニアに押し寄せた難民を写しているもので、英国には到底入国などできない人々だとガーディアンは指摘している。このポスターには、民族的な憎悪扇動に関する法律に抵触するとして警察への通報があったほか、残留派の主だった政治家らはもちろん、他の主流離脱派からも敬遠され、強い反発を招いている。

 しかし、寛容性、多様性をうたい、移民を多く受け入れてきた英国社会を二分しかねない危険な要素は、議員殺害事件までにもあちこちに垣間見えていた。2度の大戦を引き起こした教訓から生まれたEUを、離脱派の旗印・前ロンドン市長のボリス・ジョンソンがこともあろうに「EUはまるでヒットラー」と煽るなど、選挙戦が盛り上がるに連れ政治家の大げさな舌戦も過熱した。それを日々見続ける市民同士の議論もヒートアップする中、社会を分断しかねない危うさが、日を追うごとに増幅していった。正直、このところ離脱がらみの取材にいささかうんざりしてきたのも、各地で憎悪を煽る政治家の声が聞くに堪えなくなってきたからである。

EU離脱の是非を利用する政治家たちの欺瞞

 ある選挙区で取材を進めていた時のことだ。その地区の超党派の離脱派会合に参加した。そこで飛び出したのは、残留派から誤送信されたメールを元に、残留派のビラ配りの場所を突き止め、同日同じ場所に行き「そこを潰してやろう」という話し合いの様子だった。

 当日その駅へ赴くと、離脱派が地元選出の国会議員を筆頭に、残留派のボランティアがビラ配りをしていた隣で自分たちもキャンペーンを展開し始め、通勤帰りの人たちへのビラ配り合戦と、ボランティア同士の激しい議論が始まった。別の日には、同じ選挙区で、離脱派が英国ではめったに見ない街宣車まで動員し、拡声器で残留派の真後ろを通り、その上、ビラ配りをしていた残留派のボランティアらの中に離脱派の一人が乗り込んできて、口論をふっかけ出した。

 ただし、筆者が見た限り、街頭で活動している多くの一般人のボランティアたちは、一人一人がそれぞれ純粋な思いを抱え、離脱、あるいは残留それぞれの支持を訴えている。離脱派すべてが極右でもフーリガンなわけでも、またどこかの党員なわけでもない。その多くが深刻な住宅問題で苦しんでいる人たちや、また、地元の小さな町に移民が押し寄せ、社会に統合してくれず悩む、という身近な問題を抱えている人たちだ。「東欧から移民の人たちがやってきたときは、本当にワクワクした。でも、彼らは英語も話さず、社会に溶け込んでもくれなかった」という若者の言葉が突き刺さる。

 こうした不安や不満がEUからの移民を遮断すれば解決するなどと声高に訴え、苦しむ人たちの真摯な思いを己の政治目的に利用せんとする政治家も、残念ながら少なからず存在する。移民が押し寄せているから住宅問題が急増するのだ、と唱えるある地区選出の保守党国会議員に「では、具体的に、貴方の選挙区のどこの地域・住所に住宅問題が生じているのか」と聞いたところ「秘書に聞け」という答えが返ってきたこともある。

 住宅問題があると言って選挙戦を展開しているのに、問題が地元のどこにあるのかすら知らないでいるのだ。こうした議員らにとってこの選挙は、地元の問題を解決するために行っているものではなく、いかに選挙後の自分たちの党内での立場を確保するか、彼らにとってはそのためだけに政治利用しているキャンペーンであることが透けてみえる。